恋のパウンドケーキ

3/3

19人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
 「護衛中は禁煙だぞ」  橋倉に声をかけられた。  「フン。それより止めなくていいのか?」  「何の話だ」  「大事な“お嬢様”を、あのキザな医者に近づけていいのか?」  ヒカリが教育実習生に熱を上げた時は、当主・使用人が揃ってアワアワしていたが(シリーズ②参照)。  「ああ。若先生なら心配ない」  しかし、橋倉はそのまま背を向ける。  (どういう意味だ……?)  カゲは首を傾げつつ、ヒカリの後を追った。  「すみませーん」  「まあ、ヒカリちゃん」  すっかり顔馴染みになった受付の女性がにこやかに迎えてくれた。  「誠先生に昨日のお礼をしたくて。お忙しいようならこれ、渡していただけたら」  「あら、大丈夫よ。診察始まるまで、まだ時間あるし」  女性は気安く立ち上がる。  間もなく戻ってくると、「どうぞ、入って」とヒカリにウインクを寄越した。  こんなにあっさりOKが出ると緊張してしまう。  勢い込んで来たはいいけれど……。  ヒカリは、北白河に伝える言葉を頭の中で反芻した。  「失礼します」と声をかけると、ドア越しに「どうぞー」と返ってくる。  「やあ、ヒカリちゃん」  恐る恐る引き戸を開けると、北白河が笑顔で迎えてくれた。  「あ、あのっ。昨日は、祖父を助けていただいてありがとございます!」  「いやいや。当然のことをしたまでだよ。あれから、おじいちゃんの具合はどう?」  「はい。すっかり元気になって」  「それは良かった。あ、どうぞ掛けて」  北白河が患者用の椅子をすすめてくれる。  「失礼します……。あの、これ。昨日のお礼ですっ」  ヒカリは包みを差し出した。クリニックの外まで聞こえてるんじゃないかと思うくらい、心臓がバクバクしていた。  「ありがとう! おっ、パウンドケーキ?」  北白河は、分厚い本を押しやって何とかデスクに余白を作ると、早速ラッピングを解き始めた。  「診察が続くと、おやつを食べたくなるんだよねー」  頭を掻きながら笑う北白河には屈託がない。  (誠先生、子どもみたい)  ヒカリの口からも笑みが零れた。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加