014:

1/1

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

014:

 お屋敷のお掃除は順調に終わった。  ケダマは庭で遊んでいただけなのだが私は頑張った。 「うぇええ! 疲れたよぉ」  日が落ちて、ようやく開放された私は終電で帰るサラリーマンのごとく煤けた背中をしていると思う。 「お仕事ってメンドーい!」 「わふ!」 「アンタは遊んでいただけでしょ!」  ケダマと漫才をしながら夕飯にありつく。 「そだ! エールを飲んでみよう! 仕事の後の一杯ってやつだ!」  思い立ったが吉日。さっそくカウンター席に座り宿の親父に注文する。 「オヤジぃ。エールだ。エールを寄越せー!」 「あいよ」  私の小芝居を意に介さず、普通にエールが出された。黄金色の液体が注がれる。まずは匂いからだ。 「うん。微妙にアルコールの匂いだ」  そして味。木のコップに波々と注がれたエールを舐めてみた。 「うっわ。まっず! 何これ!」  私の様子を密かに窺っていた客と店員が笑った。隣に座っていた男の席にエールをそっと寄せる。 「あん?」  男が睨む。私は笑う。 「あげる」 「あ? あぁ、ありがとうよ」  そう言ってエールを飲み干してしまった。私はその様子をジッと見つめている。男がまた睨む。 「あん? あによ?」 「美味しかった?」 「あぁ…… なんだ? 金なら払わんぞ?」 「うん。要らない」  私は二度とエールは飲むまいと思った。しかし宿の親父が何を思ったのかもう一度、木のコップに飲み物を入れて出してきた。 「飲んでみろ」  そのオヤジの言葉に、私は心の底から嫌そうな顔をしてしまった。しかし親父は諦めない。 「いいから飲んでみろ」  私は、また匂いを嗅いだ。今度はアルコールの匂いとともに甘い匂いが漂ってきた。 「ワオ! 何これ!」  そう言って今度も先程と同じように舐めてみる。 「甘! 美味しい! 何これ!」  私の様子を面白そうに見ていた親父が答えた。 「ハチミツ酒だ。美味いだろ?」 「うん!」 「まぁその一杯は奢りだ」 「あんがと!」  お礼を言ってチビチビとハチミツ酒を飲んだ。  ちなみにケダマは私の足元で丸まって寝ている。一応耳だけピクピクと動いてはいるから起きてはいるのだろう。  夕食を終え、少し酔ったようでフラつきながら部屋に戻った。そしてそのままベッドに突っ伏して寝た。 ※ ※ ※  翌朝。昨日は少し寝苦しかったらしく朝起きたら私は全裸だった。その起伏に乏しい身体に色気の文字はない。 「はぁ、今日も仕事かぁ」  起きたのと同時にケダマがベッドの縁に前足をかけて、ハッハッハッハと尻尾を振っている。 「お前は朝から元気だね」 「わふ!」 「まぁいっか。じゃあ準備をしたら今日も仕事だ。行くぞケダマ!」 「わふ!」  こうして今日も変わらない一日が始まる。  ちなみに今日の仕事は、ドブさらいの仕事を選んだ。理由は何となくだが、やはり溝は臭かったので二度とやらないと心に誓ったのだった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加