願いを叶えるタトゥー

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ずっとずっと、手に入れたかったモノがある。 ソレがついに、やっと手に入る。 そう考えるだけで、心の底から笑いが込み上げてきた。 □△△△□△△△■ りーん。 澄んだ鐘の音が一定のリズムで鳴り響く。 大きな見かけによらず澄んで響くその音は鈴の音に似ている。 そう思ったせいか、鐘の音が私の記憶の中の風鈴の音と重なった。 (家に帰ったら出してみようかな…) そろそろ出してもおかしくない時期だろうし。 だけどそれは、家族に不謹慎だと怒られて実行出来ないかなとも思う。 「……」 私はちらりとこの部屋で唯一笑っている“彼女”を見た。 そうして込み上げてくる笑い噛み殺し、誤魔化すように俯く。 私と“彼女”は所謂従姉妹という関係にあたる。 家も近く、誕生日さえも同じである私たちはとてもよく似ていた。 物心ついた頃にはもうすでに私の隣には“彼女”が居て、何かにつけて競っていた。 だけど嫌になるほど似ている私たちは、競っても競ってもその差が大きくなる事はない。いつもほんの少しだけ、“彼女”が上。 そんな調子で今までに至る。 私がそんな“彼女”に好意を抱く筈もなく、大嫌いだった。 でもそれももう、過去の事。 そんな嬉しい時に笑うなって言う方が無理でしょ? ねぇ? りーん。 異界の呪文のような経文と鐘の音に包まれた、綺麗な笑顔を浮かべる“彼女”の写真をもう一度見る。 (これでやっと、私は“自由”を手に入れたのよ) “彼女”が死んだ。 直接の死因はよく知らない。 でも“どうして”死んだのかはよく知ってる。 私、だけが。 そっと左手で服の上から二の腕に刻まれたタトゥーを撫でた。 △□□□△■■■▲ ソレを“彼女”よりも先に見つけたのは本当に幸運だったと思う。 前日“彼女”がピアス穴を開けただの何だのほざいていたので、私も対抗出来る何かを探していた、丁度そんな時に。 『願いを叶えるタトゥー 彫ります』 そんな文字が目に飛び込んできた。 その瞬間にこれしかないと思った。 ピアスだのなんだのよりタトゥーの方が断然“勝てる”だろう。 しかも“願いを叶える”タトゥーだという。 こんなチャンスはきっと二度と無い。 そう直感した私は迷う事なくタトゥーを左腕に彫ってもらい、私は自慢げに“彼女”にそのタトゥーを見せつけてやった。 その次の日、愚かな“彼女”は私を真似てその腕にタトゥーを刻んでいた。 あぁ、本当にバカな子。 (それが私の計画だとも知らないで) “彼女”がタトゥーに願う事なんて、考えなくてもわかる。 でも“彼女”が私の本当の願いを知る事は、ない。 もし、知るチャンスがあるとすればそれは私の願いが叶うその一瞬だけ。 けれど愚かな“彼女”はきっと最期の瞬間まで気付かない。 そう思うと、堪らなく愉快な気分になった。 □△△△■▲▲▲■ “彼女”の居なくなった日常は驚くほど平和で、素晴らしかった。 考えてみたら、それもそのはず。 物心ついた頃から競い合っていた私には、当たり前の日常を楽しむ余裕なんて無かったのだ。 毎日毎日、朝起きて学校、放課後は直帰で勉強。特別親しいと呼べる友人さえもおらず、ひたすら“彼女”との勝負。 そんな日々に嫌気がさしたのは何時だったろう。 今ではもう、思い出す事さえも難しいけれど。 でもだからこそ、“願いを叶えるタトゥー”と聞いて真っ先に思いついたのは“彼女”の死。 “彼女”がいなくなれば、私はこんな毎日を過ごさずにすむ。 “自由”を手に入れられる。 そう、だから“彼女”の死を願った。 そうして本当に“彼女”は死んだ。 “願いを叶えるタトゥー”が私の願いを叶えてくれた。 「ねぇねぇ、今日はドコ寄って帰る?」 “彼女”が死んでから出来た友人たちが私を誘う。 「んー…今日はちょっと予定あるからゴメンねー」 こっそり服の上からタトゥーを撫で、友人たちの誘いを断った。 今日は願いが叶ったお礼でも言いにもう一度あの場所へを訪れてみようと、そんな事を思ったからだ。 △■■■▲■■■▲ あるところに ふたりの “少女” がおりました。 ふたりは とてもよく 似ていたのですが、 その内面は 天と地 ほどの違いが ありました。 ひとりの “少女” はその内面に とても大きな “歪み” を抱えていたのです。 『彼』 はそういった “歪み” がだいすき でしたので、 すぐにそのことに 気付きました。 だけれども、 “少女” たちが このまま毎日を 過ごすだけ ではその “歪み” が表に 出てくることはない ということも 『彼』 には わかってしまった のです。 『彼』 はそれを たいへん残念におもい、 ほんの少しだけ きっかけを 与えることに しました。 すると どうでしょう。 “彼女” はその きっかけを 『彼』 もおどろくほど 上手くつかいこなし、 「その “歪んだ” 願いを叶える事に、成功したのですよ」 ■▲▲▲■▲▲▲■ 「それが私だって言いたいの?」 「いいえ、とんでもないことでございます」 私が再びその店を訪れると、私にタトゥーを彫ってくれた人はおらず、そのかわり深いフードをすっぽりと被った『彼女』がいた。 『彼女』は私を店の奥に招き入れると、徐に2人の“少女”の話を語りだしたのだ。 それはどう聞いても私と“彼女”の事であるのに、『彼女』はそれを否定する。 その態度に腹が立ち、私は『彼女』を思い切り睨みつけてやった。 けれども『彼女』は深く被ったフードから辛うじて見える口元を、愉快そうに歪めるだけ。 「それは、貴方ではあり得ませんよ」 くすくすと声が聞こえてきそうな程の笑みを浮かべているのに、その口調はとても冷たい。 (私は彼女のこんな冷たい声を知らない) どうしてそんな事を思うのかもわからず、私はその声の冷たさに思わず後退った。 しかし『彼女』はそんな私の行動を予測していたかのように、素早く距離を詰め、私の右腕をつかんだ。 「ヒッ」 掴まれた腕の痛みよりも、その冷たさに悲鳴をあげる。 そして咄嗟に振り解こうと腕を振り回す。 なのに腕は外れない。 代わりにその反動で『彼女』の被っていたフードが落ちる。 その顔はとても見覚えのある“彼女”の見たことのない笑顔だった。 「“彼女”の願いは―――」 “彼女”が自身の右腕にあるタトゥーと私の左腕にあるタトゥーを触れ合わせる。 それと共に私のタトゥーが燃えるように熱くなり、“彼女”の言葉を聞き終わる前に私の意識は暗闇へと堕ちて行った。 ××××××××× 「まるで操られているかのように、すべて貴方のシナリオ通り動く、彼女! 大変愉快な見世物でしたよ」 『彼』が心底愉快そうに笑う。 私はまだ完全に覚醒していないのか、身体が思うように動かない。 けれど焦るような事もないので、戯れとして『彼』の会話に付き合う事にした。 「当然よ、そうなるように仕掛けたのだから」 「“彼女”は貴方を殺したい程嫌っているのに」 「えぇ、それに気付いた時にはとても嬉しかったわ」 “彼女”の中の一番になりたかった。 物心ついた時からずっとそう望んで、行動してきた。 “彼女”が私を殺したい程大嫌いだという事を知った時、本当に嬉しかった。 それ以上の感情はないと思っていたから。 「でも貴方の“本当の”願いはそんなものじゃなかった!」 ふぅっと小さく息を吐く。 少しずつ、身体が馴染んでいくのがわかる。 「私の願いは“彼女”。その全てよ」 心だけではなく。身体だけでもなく。その全て。 “彼女”という存在が欲しかった。 だから他の事など目に入らないように、考えられないように、ずっと傍にいて勝負をしてきたの。 それで満足していると思っていた。 “願いを叶える”タトゥーを見つけるまでは。 「その代償として貴方の身体、確かに頂きましたよ」 ニヤリと『彼』が私の身体で笑う。 そう私の願いが叶った今、私は“彼女”の身体の中に居る。 そして“彼女”の心はタトゥーの中へ閉じ込めた。 これで、全てが私のもの。 「では、貴方の死後にまたお会いできるのを楽しみにしていますよ」 「えぇ、でも“彼女”の魂までは絶対にあげないから」 足の指から頭のてっぺんまで、すっかり“彼女”の身体になった私は、自らの意思で立ち上がる。 そして『彼』に答えると私はその場を後にした。 向かう先はもちろん、“彼女”の家。 自然と笑みがこぼれてきて、右手で服の上からそっとタトゥーを撫でた。 END
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