危機一髪大逆転

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「えっと……これはふたりの秘密ってことで……。どうだろう?葛城くん?」 放課後のだれもいない教室。 目の前には冷や汗をかいて焦る戸塚杏(黙っていれば結構美少女)の姿がある。ロッカーを開けて、その手には学校指定の体育ジャージを持っている。それはあきらかに戸塚のサイズではない男子のもの。そのロッカーは学年一のイケメンである俺の友達の平良馬の名前が書いてある。 俺は先程言われた戸塚の提案に返答する。 「いや、ストーカーヤロウを見逃すわけにはいかねぇだろっ!人のジャージ盗んでんじゃねぇよっ!」 「いやーーー!そこをなんとかぁ!」 俺の答えに大袈裟にビービー喚き始める戸塚。必死の形相でこちらに向かってくる。手にはジャージを握りしめたまま。 「出来心っ!出来心だったんです!」 「出来心でも、なんでも、ダメなもんはダメだ!最近、良馬がものがなくなるって言ってたのきっとお前のせいだろ!このストーカーヤロウっ!」 最近、友人である良馬は勝手にものが消えると悩んでいた。まさかストーカーによって盗まれていたとは……。 俺が睨むと、ぶんぶん首を横に振る戸塚。 「え?……ちがうっ!ちがう!わたしのこれは初犯です!良馬くんのには関係ありません!良馬くんのはただ無くしたんじゃないかなぁ?」 「おいおい。現行犯で抑えられてるのにすっとぼける気か、お前!」 この後に及んでふてぇやろうだ。 「本当なんです!……てか、これはまだ未遂だからセーフだと思うんだけど?」 チラッと上目使いで見てくる戸塚。くそっ、顔だけはちょっと可愛い……いや、騙されないぞ、俺は。こんなこと許しちゃいけない。 「いまはまだ未遂かもしれないが、放っておいたらまたやるに決まってんだろっ。ほら、良馬に謝りにいくぞ。これで反省して、二度とこんなことやるなよ」 俺はジャージ泥棒でもあるストーカー戸塚の首根っこ捕まえて、良馬の元へ連れて行こうとする。が、掴んだ瞬間に戸塚が顔を押さえて大声で叫ぶ。 「きゃぁーーー!離してえぇぇぇ」 「うるせーっ!こんな近くで叫ぶなよ。耳がキンキンすんだろ!」 「ご、ごめん。ちょっと、心の準備が整ってなくて……」 一旦離して向かい合うと、ぜえぜえと肩で息をする戸塚。大声で叫んだからか顔が赤い。 「心の準備って……良馬に会うことがか?別に謝るだけだから、そんなに緊張しなくてもいいだろうよ。それとも好きなやつが目の前にいるだけでも緊張するのか?」 確かに、良馬と戸塚が話しているのはあまり見たことないな。目の前だと話せないのか?陰からいつも見ていただけとかなんかな。一途っちゃ一途だけど、なんかこわいなそれ。 戸塚は頬を少し赤らめてこちらを口元を綻ばせてニヤニヤしながら見てくる。なんでここでそんな顔ができるんだコイツは。 「えーっと……確かに好きな人の目の前だと緊張するけど、話せている嬉しさのが大きいかなぁ」 「嬉しいならいいだろ。行くぞ」 「いやっ!待って。やっぱりここは見逃してっ!」 俺が連れて行くため掴もうとすると必死で手で遮って止めてくる。 「はぁ?」 「このジャージはほら、ロッカーに返すし、もう二度とこんなことしないから、お願いっ!良馬くんに会ったって言うことないからさ、困る……」 「言うことないって……いや、謝れやっ!」 罪悪感なしか、こいつ。 「謝るって言っても……ね、謝られても良馬くんも困るだけだと思うから……」 両手を合わせて必死にお願いしてくる。 「確かに。困るか……?」 よく考えてみたら、ストーカーに「あなたのジャージ盗むところでした。ごめんなさい」なんて言われたって意味わかんないし、正直怖いだけだよな。 ここは、確かに今回は目をつぶって二度とやらないように釘を刺しておくしかないのか。 「うーん……そうだなぁ」 「でしょ!でしょ!もう心を入れ替えるから、これはここで終わりにしておこうよ!」 目をキラキラさせながら言ってくる戸塚の調子の良さに若干イラつくが、ここはその案に乗って無難に過ごすか。 「わかった。今回は目をつぶる。でも二度目はないからな。絶対、もうすんなよ」 「ありがとうっ!葛城くん!」 嬉しそうな声を上げる戸塚の顔を見ると、はにかんで笑ってた。その顔が俺からはなんだか眩しく見えて、うるせーし、ストーカーだけど、そういやこいつ美少女だったなと急に思い出した。 「つーか、そんなことしなくても、戸塚だったら普通に告白すれば、オッケーもらえる確率高いだろ?」 「え?」 疑問が返ってきて、こいつ自分が美少女の自覚ないんかなぁと訝しむ。 「戸塚は、普通にしてれば可愛いんだし」 イケメンの良馬と並んだら見た目は美男美女でお似合いだろう。まぁ、良馬がどう答えるかは良馬次第だけどな。 「葛城くん、じゃあ、じゃあさ……わたしが……」 ワタワタと焦り出す戸塚。先程その手から盗もうとしていた良馬のジャージがするりと床に落ちていった。 「おいおい。人のもん落とすんじゃねぇよ」 落ちたジャージを拾いあげようとして、あることに気づく。 学校指定のジャージには胸元に名前が入っているが、床に落ちたジャージには「葛城」という文字が入っていた。 拾おうとした手が止まる。 「あれ?これ、俺の?」 そうだ。今日の体育でジャージの上を忘れた良馬が寒がっていたから貸して、そのままになっていたんだった。これは、戸塚が盗んでも良馬のジャージじゃなかったってことか。 「ははっ。戸塚、残念だったな。そのジャージ、良馬のじゃなくて俺のだった……ぞ」 ザマーミロとからかってやろうと、笑いながら目の前の顔を見てみると、そこには顔を真っ赤に染め上げた戸塚がいた。 「あれ?え?」 思っていたのと違う反応に狼狽える。 「バレた……」 真っ赤な顔から、ポツリと一言呟かれた。 「バレた、バレた。せっかくやり過ごせそうだったのに、わたしのバカっ!気ぃぬいた!」 ポカポカと頭を殴り始める戸塚。俺はその手を止める。 「おいおい。何してんだよ。」 その戸塚の意味のわからない行動で、俺の中で、まさかがよぎる。 いや、まさか、まさかだよな……? 「まさか……最初から、俺のジャージを取ろうとしていた……?」 真っ赤な顔でゆっくりとうなづく戸塚。その反面、俺の顔から血の気が引く。そういえば、良馬がよくものが無くなるって言っていたとき、俺も最近シャーペンとか消しゴム無くなるなぁとか思ったんだった……。まぁ、俺のはズボラだからなぁと思っていたのに……。 ……まさか、まさか。こいつ……? 「なにしてんだよっー!!このストーカーヤロウっ!」 「ほらっ!絶対そう言うと思ったーっ!もうーいやだー」 「当たり前だろっ!つーか、まさに見たまんまの事実じゃねぇか!現行犯っ!タイホだタイホっ!」 戸塚は叫び出した俺の目の前に手をかざし、ストップさせる。なぜか、とても落ち着いている。今まさに色々なことがバレた奴だとは思えないほどに。 「待ってっ」 「何をだよ?」 「実は、これが犯罪にならない方法がひとつだけあります」 「あるか、そんな方法?」 「ある」 「なら、聞かしてみろよ」 戸塚はすぅーと息を吸って俺のことをじっと見つめる。潤んだ大きな瞳に思わず吸い込まれそうになるが、ぐっと堪える。可愛いが、俺は騙されないぞ。 「葛城くん、好きです。付き合ってください」 「はぁーーー!?」 とんでもない展開に思わずでかい声が出る。 いま、ここで!?このタイミングで?頭おかしいだろ。 「ふたりが付き合えば、今日の出来事はストーカーとか犯罪じゃなくて、ラブラブカップルのイチャつきに姿を変えると思うんだよね」 「おいおいおいおい」 「なので、付き合ってください、お願いします。ほら、さっき、普通に告白すればオッケーもらえるって言ってたし」 これでもかと、手を差し出してくる戸塚。 「アホかーーー!!これのどこが普通だよっーー!」 くそぅ。黙ってれば可愛いのに。なんでこいつこんな変な奴なんだよー。俺は普通の恋愛がしたいのにぃーーー。 しかし。 あまりにもしつこい戸塚に根負けして、手を握り返してしまったのは、それから三時間後のことだった。
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