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「ごめん、ごめんなさい! 許して、イプ、イプロス……イプロス様!」
リンスロットと呼ばれた少年は、ひたすら自分の弟に土下座して謝り続けるしかない。
そんな情けない兄の様子に長いため息をついたイプロスは、左手中指で眼鏡を押し上げながら言った。
「どうするつもりですか? その、へんてこな鏡」
「へんてこじゃないぞ! これは、逆鏡と言って……あ、ちなみに今、名付けた。性別が逆になるから、逆鏡な。でも、逆さ鏡って名前もいいな~。なあなあ、イプはどう思う?」
バシッ
イプロスの強烈な平手打ちをくらって、リンスロットは再び床に沈む。
「そんな奇妙な鏡の名前など誰も聞いていません。僕が聞いているのは、その鏡の今後の処遇です」
よっぽど性別変換時の出来事が業腹だったのか、いつも以上に容赦なく、イプロスはリンスロットを打ちすえた。
「ごめんなさい、ごめんなさい~(泣)! だって、この逆鏡の力は、しばらく途切れないんだもん。ここに込めた神の遺産は邪神の力らしいし。我らが母神の腕の中で眠っているとはいえ、今だこの世界に現存する神の力は、そうそう消えないよ~~~~」
「…………もう、呆れ果てて何も言えませんよ。兄上」
リンスロットの涙声を聞きながら、イプロスは件の鏡を睨み見た。
「う……うううう、イプ~」
「うるさい、少し黙っていて下さい。今、対策を考えているところなんですから」
弟のしなりの効いた怒声を聞いたリンスロットは口を閉ざした。
「封印しましょう」
長らく逆鏡を睨んでいた弟が下した結論に、リンスロットは反論する資格を持たなかった。
「今はまだ多大な力を秘めていますが、時が経てばその力も衰え、破壊する事が可能になるでしょう。それが十年先か百年先か、はたまた千年先かは不明ですが」
その眼鏡を鈍く光らせてそう言うイプロスに向かい、リンスロットはコクコクと何度も頷く。
「うん、分かった。そ、そそそそうしよう」
「いいですか、兄上。僕らの代でこの鏡を破壊する事が出来ればいいですが、もし出来なかったら、この奇天烈な鏡の所為で僕達の後の代の女神の子供達……つまりは、僕らの子孫に迷惑がかかるんですよ。その辺、分かっていますか?」
十年、百年単位で鏡の力が弱くなればいいが、千年以上待たなければならないのであれば、自分達の代では無理だ。いくら寿命の長い女神の子供といえど、千年以上生きる事は不可能。
「分かって、いマス……」
リンスロットの小さな声での返事。それをイプロスの蒼い眉が不快そうに上がる。
「分かってる、分かってる、超分かってる~~~~!」
弟の小さな舌打ちを聞いたリンスロットは、慌てて大声でそう叫んだ。
「分かっているなら、もし僕達の代で決着をつけられなかった時の為に、迷惑を被るであろう僕らの子孫に手紙の一つでも書いて下さい」
「ハイ」
イプロスの指示に従い、自分の勉強机の上にあった紙に逆鏡の説明を書く。そうして真剣に手紙を書いているリンスロットの後ろから、イプロスは手紙の内容を覗き見た。
”拝啓 僕の子孫殿
この素晴らしい姿見。何を隠そう、これは”逆鏡”
僕が完成させた、素敵な鏡さ!
これの前に立つと、すっごく素敵な事が起こるよ。
是非実践してみてね!”
そこまで黙読したイプロスは、リンスロットの頭を思いっきり叩き飛ばした。
「ぐはっ」
椅子ごと倒れた兄を冷たく見下しながら、イプロスは低い声で唸る。
「実践して、どうするんですか」
それと共に、リンスロットが書いていた手紙をビリビリに破き捨てると、癖の強い兄の文字と違い、神経質そうな文字で手紙を書く。
”この鏡の名は、逆鏡
この鏡で知る事が出来るは、この世界とは別の世界
決して、使ってはいけない
決して、覗いてはいけない
この逆鏡を発見した、我らの子孫よ
願わくば、この鏡を壊してくれ
数千年も経てば、この鏡の力も弱まるだろう
どうかよろしく頼む
神歴6995年
リンスロット・レイデューク・ディエラ”
「これでいい。兄上、この鏡を宝物庫の中にある例の場所に隠しますよ」
「へ~い」
弟の言葉に返事を返しながら、リンスロットは細い子供の腕一本で逆鏡を持ち上げた。
「僕もこの鏡の事を日記に残しておきますが、もし僕らの子孫の代にこの鏡の処理のお鉢が回ってしまったらすぐに破壊してくれるように、伝承として話は伝えていきましょう」
そう……願わくば、この鏡の伝説を終わらせてくれるように。
イプロスのそんな願いは、三千年後、彼の子孫にあたる男気溢れる一人の姫君によって、無残にも砕かれる事になったのである。
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