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「ジャジャジャ、ジャアア~~ンッ!」  ディエラ国、第一王女の私室にて。  ディエラ国の穏やかな空気を裂くような大声を上げて、この部屋の主であり自分の未来の義姉であるジュリナが、何やら大きめな物体(?)にかけてあった深紅の布を取るのをリュセルはぼんやりと眺めていた。 「……これは?」  目の前に現れたのは、リュセルの美青年ぶりがすべて見渡せる大きな姿見。 「聞いて驚け、これは”逆鏡(ぎゃくかがみ)”という魔法の鏡、……らしい」 「逆鏡? なんだそれは?」  目の前の、大きいが古ぼけた感が否めない鏡をジロジロと見ながら、リュセルは不審そうにそう言った。 「なんでも、この逆鏡には不可思議な力が宿っているらしく、この世界とは別の世界の光景を知る事が出来るという話だ」 「この世界とは、別の……って、まさか、俺が元いた異世界の事か!?」  この世界に馴染みきってしまい、向こうの世界に未練など少しもなくなってきてはいる。でも、それでも、気にならないといえば嘘になる。  リュセルの驚きの声を聞いたジュリナは、朱金色の髪を揺らして首を傾げた。 「さあな」 「って、オイッ」  ジュリナの答えに軽くコケながらつっこみを入れると、ジュリナはため息をついた。 「仕方ないだろうが。知らないものは、知らないのだから。これが作られたのは、今から三千年も昔の話だ。当時の鏡主鏡鍵が何かしらのアクシデントがきっかけでこれを作ってしまったらしいな。昨日、宝物庫の奥にあった隠し部屋から見つけたのさ」 「なんでそんな所にいたんだ。あなたは……」  疲れたようなリュセルの言葉に、ジュリナはニヤニヤ笑いながらその問いを無視した。 「そして、この逆鏡についての説明書がこれだ」  ジュリナが勇ましく前髪を払いながらリュセルの前に掲げたのは、古ぼけた一枚の紙。  ”この鏡の名は、逆鏡  この鏡で知る事が出来るは、この世界とは別の世界  決して、使ってはいけない  決して、覗いてはいけない  この逆鏡を発見した、我らの子孫よ  願わくば、この鏡を壊してくれ  数千年も経てば、この鏡の力も弱まるだろう  どうかよろしく頼む  神歴6995年  リンスロット・レイデューク・ディエラ” 「リンスロットというのは、三千年前の鏡主の名だ。ムフフフフフ、ワクワクするだろう?」 「しない。……というより、ここに使用するなって書いてあるじゃないか! こ、これは、危険な代物に違いないぞ、ジュリナ殿!」  そう言いながら、リュセルは近くにあった椅子を持ち上げた。 「!? ちょちょちょ、ちょっと待て、リュセル! この馬鹿、何する気だい!?」 「書いてある通りに壊すのさ。きっと、この鏡は呪われている!」  幽霊や呪いなど怪談めいたものが苦手なリュセルの強行を見たジュリナは、慌ててそれを阻む為に動く。 「じょ、冗談じゃないよ! こんなに素晴らしい細工の鏡を壊すなんて、この私が許さない! いい子だからその椅子を放すんだよ、リュセル。ほらほら、よしよしよし」 「あなたこそ、いい加減、妙なものに手を出して俺を巻き込むのは、止めにしてくれ!」  女性とはいえ宝主としての体力と力強さを持つジュリナにあっさりと力負けしたリュセルは、持っていた椅子を取り上げられてしまう。 「まあ~、それは否定しないがねぇ。ところでレオンハルトの奴は、今日はどうしたんだい?」  リュセルの持っていた椅子をクルクルと指先で回しながらそう言うジュリナを見ながら、リュセルは改めて宝主の馬鹿力を痛感する。 (レオンといいローウェンといい、宝主の体力は無制限かい) 「ん~? どうしたんだい、坊や」  件の鏡を背にして顔を引きつらせているリュセルの顔を下から覗きこみながら、ジュリナはニヤリと笑った。 「どうしたもこうしたも、その椅子を下してくれ。頼むから」 「ははん、情けない子だねぇ」  ジュリナが椅子を下ろすのを見届けて、リュセルはやっと息をついた。 「カイルーズが何か聞きたい事があるらしく、朝訪ねて来たから、レオンはそれの応対をしているはずだ。たぶん、仕事の話だろう。去年のデータがどうとか言っていたしな」 「ふうん、国王補佐の仕事から手を引いたとはいえ、去年まではあいつがやっていた事だからねえ。まあ、頼られても仕方ないじゃないか。放って置かれたからって、そう不貞腐れるなよ」 「なっ!」  瞬間、顔を真赤にして、銀色の眉をつり上げたリュセルににじり寄りながら、ジュリナは均整のとれた素晴らしい体躯をした目の前の青年を鏡へと追い詰める。
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