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「寂しくなって私の所にきたって訳かい? まったく甘えん坊だねぇ、お前は」
そう言いながら、ジュリナは無遠慮にリュセルの腰を撫で回しまくる。その手の動きを感じていたリュセルは、当然のごとくもがいた。
「仕方ないねぇ。レオンハルトの代わりが務まるかはわからないけれど、頑張るよ」
って、何を~~~~っ!?
「腰を撫でさするな! 尻を揉むなあああああ~っ」
本気なのか冗談なのか分からない手つきで、リュセルを攻める気満々の、狩人の目をしたジュリナに追いつめられて、後ろにあった鏡に背がぶつかる。
「うふふん。そう嫌がられると萌える……いやいや、燃えるねぇ…………ん?なんだ、こりゃ」
「へ?」
ノリノリでリュセルの着ている宮廷衣を乱しまくっていたジュリナは、逆鏡に映る自分の姿に違和感を覚えて眉をひそめた。
背の中程まで広がる朱金の髪。苛烈さを秘めた深紅の瞳。その特徴は変わらない。自分の姿だ。しかし、目の前にいる自分は、あきらかに本来の自分と違っていた。
「う~ん。男になっても、私は本当に凛々しいねぇ」
「って、何のん気な事いってるんだ!」
リュセルの目の前のジュリナ本体は女性の姿をしているが、鏡に映り込んだ姿は男性の姿をしていたのだ。
「私だけではないよ、よく見て御覧」
面白がるようなジュリナの声に指摘され、恐る恐る振り返ったリュセルの目に映ったのは、銀髪の美姫。
「ぎゃああああ~~っ!」
常識を超えた事態にリュセルが叫んだ瞬間
「!?」
寄りかかっていた鏡の向こう側に体が落ちかけた。
「っ!? リュセル!」
慌てたようなジュリナの声を最後に、リュセルの意識は沈んだのだった。
ガツンッ
「ぐえっ」
「イタタタタタ……何なんだよ、一体。オイ、リュセル、大丈夫かい? なんかすごい音したけど」
床に頭をぶつけたと思われるリュセルの体を組み敷いた形で見下ろしたジュリナは、驚きに目を見開く。
そこにいたのは、月の女神の寵児の二つ名を戴き、世の女性達を虜にしてきた超絶に凛々しい美男子ではなくなっていた。
「マジ?」
レオンハルトよりも長い、それこそ膝まであるような髪が、まるで銀の川を作っているかのように床に広がっている。
意識がない為閉じられているが、瞳の色は、おそらく銀。白磁の肌は柔らかく、その体は女性特有の悩ましげな曲線を描く。胸元にも、女性の証でもある頂が存在していた。形はいいが、自分やティアラのように豊満ではない。かといって、小さくもない。手に馴染むちょうどいい大きさである。
「って、違うだろ~が!」
リュセルの胸元を凝視していたジュリナは、そう自分に突っ込みを入れた。
月の光のように可憐な美女。
今現在のリュセルの姿は、まさにその通りである。この美貌一つで、世の男共を骨抜きにしてしまうだろう。
「う~~ん。しかし、本気で美人だねぇ」
同じ可憐な美貌を所有するティアラとは別のイメージの可憐さだ。
その身を飾るのも、先程まで彼が着ていた王子の略装、宮廷衣ではなく、薄い青色のドレス。露出は少ないが、きちんと昨今の流行を取り入れつつ、月の美貌に合うようにデザインされたもののようだった。同色のチョーカーとリボン型のカチューシャといい、コーディネートも完璧だ。これを選んだ人間は、よっぽど趣味が良いと言える。
「しっかし、この状況……」
名残を惜しみながらも、意識を失くして横たわる銀髪の美姫の上から身を起こすと、ジュリナは後ろの鏡に映り込む自分を見た。
案の定、朱金の髪の美青年が見返してくる。
一応、胸と下肢を確認するが……。
「どう見ても、男だし」
男になっても凛々しくたくましげな自分の姿に内心満足しつつも、ジュリナは逆鏡に触れる。
固く冷たい鏡の感触が伝わった。
コンコンッ
軽く叩くが何も起こらない。
「戻れない、……か」
おそらく、この逆鏡をくぐり抜けた所為で性別が逆な世界になってしまったのだろう。三千年前の鏡主が残した説明書の内容を考えると、そうとしか考えられない。
「それとも、ここは別な世界なのか?」
考えれば考える程、意味が分からなくなる。性別が入れ替わったのは、自分達だけなのだろうか? ジュリナが床にあぐらをかいて考え込んでいると、部屋をノックする音が響いた。
「どうぞ~」
生返事を返した次の瞬間、扉が開くのが伝わる。
「兄上、リュセナ姫がいらしてると聞いたのですが…………え? リュセナ姫!? 一体、どうしたというのです!?」
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