宴セレクション

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 満開の桜の木の下、花に負けずとも劣らぬ美女が佇んでいた。社長令嬢の遠山(とうやま)麗華(れいか)だ。風になびく長い黒髪をそっと押さえる仕草が育ちの良さを物語っている。空へとカールしているまつ毛にちょこんと乗った花びらを、細くて白い指が優しく払った。 「さあお座りください。今日は花見会、気楽に楽しみましょう」  秘書課課長の古澤(ふるさわ)が飲み物や弁当を配り始めた。 「お手伝いします」  営業部の売野(うりの)が真っ先に手を上げた。まだ若いが売り上げ成績は常にトップ。営業部のエースだ。 「重いものは私が」  そう言って年配の古澤を気遣い飲み物を運び始めたのは経理部の計倉(けいくら)だ。数学オリンピックで入賞した事があるという、社内一の頭脳の持ち主らしい。 「すっかり満開ですね。お嬢様とお花見ができて最高です!」  手伝おうともせず、さっさと麗華の横に座り込んだのは総務部の京極だ。親は国会議員、祖父は大臣をしていたという家の次男坊だ。さすがに調子が良く口はうまい。  俺はというと、開発部の研究室の中で黙々と仕事をしているのが性に合っているただの根暗男だ。気はきかないし口下手だ。場違い感が否めない。 「準備ができましたので、先ずは乾杯しましょう。戸増(とます)さんも前へ」  ひとりポツンと後方にいた俺の背中を古澤は押した。目の前には豪華な弁当が置かれていた。 「戸増さん? まあ、あなたが戸増さんでしたか。父から毎日のように聞かされてます」 「いえ、はあ……」  俺は去年画期的な商品を開発した。それか大ヒットし、会社の収益が跳ね上がったそうだ。 「へえ、君があの戸増くん……」  他の3人が明らかに嫉妬の混じった目で俺を見た。どうやら俺の考えは正しかったようだ。  社内の若手エースが一堂に会し、お嬢様と花見をする。これはただの花見会なんかではない。お嬢様の結婚相手を選ぶための選考会なのだ。
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