Foget Not Me

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最後の夕食の支度を済ませると、見計らったように礼拝堂の鐘が鳴り響く。 その音に惹かれるように、私の足は自然と礼拝堂へ向かっていた。 「ルキヤ先生」 すっかり住み慣れた教会の礼拝堂。 夕食前の夕暮れ時、先生が独りで祈っているのは此処に住む誰もが知っている事。 だけどそれが“誰”の為の祈りなのかは知らない。 先生が話さないから。 それでも、推測くらいは出来る。 「貴方の心に私は居ますか?」 「…もちろん、居ますよ」 先生は私に気付くと祈るのを止め、立ち上がると振り向きながら言った。 夕日に照らされたステンドグラスのせいか、私の欲のせいか、先生の笑顔は淋しそうに見える。 「貴方も私にとって大事な“子”のひとりですから」 先生のその言葉に胸がずきんと痛む。 何も持たない私を受け入れて、温かく迎え入れてくれた牧師(せんせい)。 先生には感謝してもしきれない。 だけど、私は。 「ありがとうございます。先生にはとても感謝しています」 一歩一歩、先生が私に近付いてくる。 先生の首から下げられた十字架が、その動きに合わせて揺れる。 たったそれだけの事に私の心も揺れてしまう。 「…今までお世話になりました」 迷いを振り切るように口に出して、頭を下げる。 私はこの教会を出ていく。 そうじゃないと、私はこの人を好きになってしまう。 ううん、もうすでに好きになってた。 だけど今なら先生に気付かれず、キレイなまま思い出に出来る。 そう、想ったから。 「淋しくなりますね」 先生が私の身体を起こして、真っ直ぐ見つめ合う。 その瞳に嘘はなく、私はこの人に愛されているのだと錯覚してしまいそうになる。 違う。この人は優しいだけなんだ。誰にでも優しい人なんだと、速くなる鼓動に言い聞かせた。 「……すみません、つい引き留めるような事を。貴方には貴方の人生を生きる権利があるのに……駄目ですね」 そう言って、先生が照れ隠しのように落ちてきた眼鏡を直す。 その左手の薬指で銀色のリングが自己主張するように夕日にキラめいた。 ずきん。また胸が痛む。 先生には“大切なヒト”が居る。 先生が直接そう言った訳ではないけれど、それくらいわかる。 先生の隣に居なくても、先生のそのリングが、夕暮れの祈りが、そのヒトが先生の胸に居る事を教えてくれるもの。 私に勝ち目なんて無い。 そんな事も言われなくてもわかってる。 だからそのヒト程じゃなくて良い。 先生の心に“私”が居るなら、それで良い。 思い出がキレイなうちに出て行く。 (貴方が好きです) 思わず、溢れそうになった涙を夕日の眩しさのせいにした。 「貴方のこれからの人生に幸多からん事を。…貴方に会えて、本当に良かった」 先生の祝福を受けて、私は礼拝堂を後にした。 出発は明日の明朝。 それまでは私に与えられた仕事をきちんとこなさなくては。
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