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初めて教会に来た時、私は所謂記憶喪失というもので、何一つ覚えていなかった。
だから私の記憶にあるのはこの場所のことだけ。
何もわからない私にひとつひとつ教えてくれた先生、明るさや元気をくれた子どもたち。
私の大切な記憶。
「あ、おねーちゃんだ」
「ねーちゃん!」
庭に出ると、遊んでいた子どもたちが私を見つけて駆け寄ってくる。
元気の塊のようなこの子たちも、皆それぞれ少しずつ状況は違うものの、私と同じようなものだといつかルキヤ先生が教えてくれた。
私はしゃがんで彼らと視線を合わす。
「みんなーそろそろご飯だよー」
「「「はーい」」」
元気よく返事をしてくれる子たちから少し離れた所で、1人俯いた子を見つけた。
どうしたのだろうと話しかけてみると、彼女の潤んだ瞳とぶつかった。
「おねぇちゃん……ほんとに、でてくの?」
「うん……そうだよ」
なるべく笑顔で答えるけれど、彼女の顔から悲しみが消える事はない。
それどころか、彼女の大きな瞳からはぽろりと大粒の涙がころがり落ちた。
「……ずっと……いっしょって…やくそくした、のに」
「え?」
「ちがうだろ! それはちがうねーちゃんだ!」
「ちがくない、もん! まもれないやくそくは、しちゃいけないって……おしえてくれたのも、おねぇちゃんだもん……」
私が答えるよりも先に、彼女と年の近い彼が強い言葉でそれを否定する。
確かに私には彼女との約束に心当たりがないので、他の人と私を間違えているんだと思う。
でも、なんで? どうしてだろう? 考えると心が、頭がどくどくうるさい。
「コラ! 2人ともケンカしないの! お姉ちゃんが困ってるでしょ!」
2人よりも少しだけお姉さんな子が見かねて仲裁に入ってくれた。
……何してるんだろう。本当は私が止めなくちゃいけなかったのに。
そう思うのに、何故か動けなかった。
「ごめんねお姉ちゃん、大丈夫?」
「あ、うん……私こそごめんね、大丈夫よ」
彼女らに心配かけないようにと笑いかけるけれど、本当はまだ心臓がドキドキとうるさいままで。
「おねぇちゃん、あのね、うらにわ……いくといいと、おもうの」
「でも、あそこは立ち入り禁止でしょう?」
「うん……でもね、おねぇちゃんはいいの」
「ホラ、何してるのー?はやく行かないとご飯全部食べちゃうよー」
「はぁい。……じゃあね、おねぇちゃん」
そうして子どもたちはワイワイと建物の中へ入って行く。
確かにこの教会の裏手には、裏庭と呼ばれている森がある。
けれどそこは危ないから入ってはいけないと先生に言われている。
だから私も一度も入った事はない。
なのに、なぜだろう。
今まで気にした事もなかったのに、今日は何故か心に引っ掛かった。
「……裏庭」
心臓がどきんどきんとうるさいまま、ちっとも治まってくれない。
それでも私の足は先ほど礼拝堂に向かったのと同じくらい自然に、動き出した。
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