私と彼女の伝説

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不幸になってほしい訳じゃない。 出来るなら幸せになってもらいたい。 なのにその幸せを素直に喜べない私もいる。 私じゃ彼女を幸せにする事は出来ないから。 もし彼女を幸せにしてあげられる人がいるなら、その人が憎い。 「……」 心の中の黒いモヤや涙を零さないように上を向く。 頭の上でざわざわと緑が揺れる。 そっと手を伸ばしてみたけれど、届かない。 背伸びしても、届きそうで届かない。 だから掴む事を諦め、かわりに想う。 この『伝説』の木は何度、何人の想いを、恋を見届けてきたのだろう。 その葉一枚一枚にまで誰かの想いが詰まっているのかな。 もしもそうなら、私たちもその中の何処かにいるの? 私たちの3年間もどこかに残るの、かな。 「私ね、本当は紅茶の方が好きなんだよ」 いつも私と彼女の間にあったのは真っ黒なブラックコーヒー。 彼女はいつもそれを「苦い」と飲んでいた。 私はそんな彼女を眺めるのが好きだった。 だから、コーヒーを飲んでいただけ。 何度か素直に伝えようとしたけれど、何故か言えなかった。 その度に「愛してる」とか、そんな言葉で誤魔化した。 もっと素直に何でも伝えてたら少しは違う未来が、今より良い未来があったのかな。 なんて今更後悔してる。 バカみたい、本当に。 ちょっとだけ、泣きそう。 「貴方も大概バカよね……知ってたけど」 涙よりも先によく知った声が零れてきた。 驚いて視線を地上に戻すと、そこには去ったはずの彼女が当然のようにそこに居た。 「……何で居んのよ」 「ちょっと忘れ物」 悪びれる事もなくそう言い放つ彼女が愛しくて、苦しくて、零れそうになっていた涙が1粒零れた。 そんな私に彼女は微笑んで、『伝説』の木に近付く。 「ねぇ……すごく嫌な予感がするんだけど」 その言葉にも彼女は振り返らず、幹に手が触れる場所でやっと足をとめる。 そして彼女の手には何故か彫刻刀。 「一応言っとくけど、公共物削っちゃダメだからね」 私が何を言ったって彼女は聞く耳を持たない。 いつでもやりたい事だけを貫くのが、彼女という女の長所で短所であるのはよく知っているから、私もそれ以上は何も言わない。 「これが私たちの“永遠”よ」 彼女はとても誇らしげに笑う。 『伝説』の木に刻まれた、私と彼女のイニシャルが入った相合傘を指しながら。 「あーあ……私、知らない」 「大丈夫よ、今日で卒業だもの」 「いや、そーゆー意味じゃなくて……って、まぁいいや」 何があったって過去は取り消しがきかない。 だから刻まれてしまったモノは今更どうやったって消せない。 つまりそれは、私たちの3年間も確かに此処にあったという証拠になるかもしれない。 そしてそれを彼女が残そうとしてくれた事が嬉しい。 それが幸せで、愛しくて、笑えた。 「そーゆーバカな事するヒトだって知ってたしね」 「アラ、バカ同士でお似合いじゃない」 「バーカバーカ」 「誉めたって何も出ないわよ?」 「貶してんのよ」 私も木と彼女に近付いて、そっと刻まれた文字を指でなぞる。 私たちが此処に居た証。 永遠を夢見て誓った愛。 小さな溝が嘘じゃないと教えてくれた。 「それじゃ今度こそサヨナラ」 「はいはいバイバイ、とっとと行っちゃえ!」 「私が居なくなったら泣くクセに」 「そんなのお互いサマでしょ」 そう言ったら彼女が少しだけかなしそうな顔をしたので、思わず私も口をつぐむ。 「あのね」 彼女が改めて私に向き合うと、真剣な面持ちで口を開く。 「私も本当は紅茶の方が好きなのよ」 (そんなのずっと知ってたよ、バカ) 言葉は涙になって、木の根元に消えていった。 私たちの終わりを『伝説』の木が甘受するみたいに。 END
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