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「大変申し訳ございませんが、先程隣駅で起きました人身事故の影響によりしばしの間運転を見合わせていただきます。振替輸送につきましては、お近くの駅係員までおたずね下さい」
無機質な放送の後、近くにいた数人は改札の方へと歩き始める。
そりゃ12月の寒空の下、いつ来るとも知れない電車を大人しく待つなんてゴメンなのだろう。
もちろん僕だって嫌だ。
なので心の中でため息を吐いて、歩き出す。
ゾロゾロと人々が改札へ向かう中、独り悠々と喫煙スペースで煙草をふかす人が、居た。
吸って、吐いて、空へ溶けていく紫煙。
懐かしい、人。
僕の足は自然に止まり、ただその人を見ていた。
高校時代にいつもそうしていたように。
煙が空へ溶ける程、僕の記憶が浮かんでくる。
化学のセンセイ。少し汚れた白衣。気怠そうな横顔。センセイの笑った顔。
僕を呼ぶ、声。
「……っ!」
「久しぶりだな」
記憶と現実が重なり、僕は言葉に詰まった。
センセイが僕の記憶から抜け出してきたような笑顔で僕を呼ぶ。
その声に胸が震えた。
「……お久しぶりです……センセイ」
センセイが煙を吐き出しながら応えてくれる。
それだけの事に僕は泣きたいくらいの幸せを感じた。
「お前、眼鏡やめたんだな」
「えぇ……ヘンですか?」
「いいや、似合ってる……つーのも変か、カッコイイよ」
やぶからにセンセイが言って、僕は何も考えられなくなっている頭で必死に言葉を探す。
けれどすぐにまたセンセイに思考を止められる。
「……センセイは変わらないですね」
「そりゃ大人はそんな数年で変わりゃしねぇよ」
そうやって笑う顔も。あまりセットされていない髪も。だらしなく緩められたネクタイも。
煙草を吸うキレイな指先も。
一つ一つの仕草がますます僕の中のセンセイをよみがえらせる。
「じゃあセンセイは今もセンセイなんですね」
「あぁ、毎日毎日ガキどものオモリでウンザリ」
「だからたまにサボって屋上で喫煙?」
「ソ。うるさい奴もいなくなったし?」
ニヤリと笑いながら僕の反応を見る、センセイ。
僕はその罠に見事に引っ掛かってしまう。
「お前、変わったの外見だけだな。中身はそのまんまだ」
「……そりゃたった4年で中身までは変わらないですよ」
僕は照れ隠しに眼鏡をかけなおそうとしたけれど、当然今の僕の顔に眼鏡はない。
だから僕の手はそのまま僕の顔にぶつかった。
それがさらにセンセイのツボにはまったらしく、腹を抱えて大笑いしている。
その姿に困らせてやろうという気持ちがムクムク湧いて、言わないでおこうと思った一言を告げてやった。
「僕は今でも貴方が好きです」
その言葉は僕の目論見通り、センセイの笑いをピタリと止めてくれた。
「……恩師ってコトで?」
「いいえ、あの頃と同じ気持ちのままで、です」
「つーと、憧憬や疑似恋愛の類って意味か」
「違います」
高校の卒業式の日、僕はセンセイに告白をした。
あの日センセイは僕の気持ちを恋愛ではなく、憧憬とか幼さの見せた幻だと否定したんだ。
その時僕はまだ幼くて、センセイの否定を覆す術も持っていなかった。
そうしてうやむやなまま卒業してしまったけれど。
今ならわかる。
僕はセンセイが好きだ。
高校生の時からずっと。
今日センセイに会って確信した。
「……そっか」
センセイはゆっくりと新しい煙草に火を灯し、肺いっぱいに煙を吸い込み、しみじみと吐き出す。
そのおまけのように言葉が零れた。
僕にはセンセイが何を考えているのかわからない。
けれど決して喜んでいるようには見えない。
だからやっぱりこの告白は迷惑でしかないんだ、と思う。
「お、ソロソロ電車来そうだな」
唐突にセンセイがつぶやいた。
僕もその言葉にならって線路を見ると、確かに少し遠くに電車のライトが見える。
「じゃあ俺もソロソロ行かないとな」
「……え?」
センセイが煙草を消して歩き出す。
今更ながら改札の方向へ。
不思議そうな顔してセンセイを見つめると、一度振り向いてニヤリと笑って言った。
「俺の行先はソッチじゃないんだ」
電車が近づいてくる。
センセイの背中が遠くなる。
僕は何か違和感を感じながら、その正体がわからずに遠くなる背中を眺めていた。
「……あ、そうだ」
センセイの足が止まる。
電車がホームに入ってきた。
「俺もお前の事、好きだったよ」
そうしてセンセイの身体は電車から降りてきた人たちに紛れて消えた。
……違う。
消えたんだ。
その瞬間、僕は走り出していた。
「あのっすいませんっ……!!」
他の人たちをおしのけて。
忙しそうに業務に勤しむ乗務員につめよる。
周りの人たちに迷惑そうな顔をされたけれど、今はそれどころじゃない。
「さっきの人身事故で怪我した人が運ばれた病院、教えて下さいっ!!」
根拠があった訳じゃない。
ただの勘だ。
だけど僕はその勘を信じていた。
そんな僕の剣幕に負けたのか乗務員は大人しく何処かと連絡を取り合い、病院とその居場所を教えてもらった。
そうして僕は寒空の下走り出す。
(センセイの、ばかっ)
あんな言葉だけ残されたらどんな気持ちか。
少しくらい考えて欲しい。
だから、どうか。
伝えたい。
唯それだけを胸に走る。
貴方へ至る道をひたすらに。
END
と言いつつ次に蛇足あります
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