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冷気を含んだ春の風が吹き、二人の前を桜の花弁が踊った。
「くだらないなんて思わないよ。ありきたりな言葉だけど人それぞれに生き方があって、それがどこに繋がってるのか、それは誰にもわからない」
漓音は少しだけ、胸のつかえが取れた気がした。
肯定されたことによる安心感からなのか、慰めだとしても彼女に嫌われなかったことへの安堵によるものなのかはわからない。
「何より、りっくんはこうして私という一人の相手とちゃんと関係を結べる人だもの」
漓音の瞳から透明な雫が一滴、地面へと落ちていき水溜りに波紋を広げた。
前髪が隠してくれない右目――降り続ける雨だけが唯一、破裂しそうな程に膨らんだ漓音の胸の内を誤魔化してくれた。
「でもね……りっくん自身が、その選択を受け入れられてないのに自分の世界をそこで完結させようとしてるのは、ちょっと納得できないかな」
「えっ――?」
「なので、お姉さんはちょっとお節介をしようと思います!!」
ガバッと効果音が付きそうなほどに勢い良く、傘から飛び出した桜子は、泥水が体に跳ねるのも気にせずに雨の中へと走り出す。
一層と勢いを増してきている雨が桜子の体を濡らす。
「ちょ、何してんのさ!!」
「あはは、楽しい〜!!!!」
漓音が制止する声も無視して、桜子は雨の中で両手を広げてクルクルと踊り出した。
「ねぇ、りっくんもこっちおいでよ! 雨もすっごく冷たくて、とっても気持ち良いはずだよ!!」
風に揺れる桜を背に桜子は、まるでダンスに誘うかのように左手を差し出す。
そこには、このわずかな時間で何度も自分の殻を破ったあの笑顔があった。
「ったく、桜子、君って本当に……めちゃくちゃだ!!」
傘を投げ出し立ち上がった漓音は、新しく買ったばかりのスニーカーを泥水に濡らしながら、桜子へと向かい一歩駆け出した。
その速度は、一歩、また一歩と速くなり、強風が前から体を押し返そうとするも、構うものかと漓音は更に足を速めて行く。
雨水が目に跳ねる。
リズミカルな雨音が耳を満たす。
風が運ぶ雨の匂いが鼻を刺激する。
もう一歩、あと一歩と伸ばされた漓音の右手が、ガッシリと桜子の左の手を掴み、強く、それでも愛おしむかのように優しく握り締めた。
京紫とアッシュグレーの瞳が雨の中で互いを映す。
時が止まる。
胸が、かつて経験したことがないほどに高鳴っている。
なのにその感情を言葉にする勇気は無くて――。
次の瞬間、雨脚が少しずつ弱まっていくのを漓音は感じた。
「嘘だろ? さっきまであんなに強かったのに。予報だって夜まで止まないって言ってたのに……」
空を見上げながら漓音は戸惑っていたが、それでも徐々に雨は止んでいき、ついには隠れていた太陽が姿を現した。
曇空に出現した太陽が放つ、わずかな陽の光が桃色の花々を照らす。
花を覆う雨粒は、その一つ一つが宝石のように輝いていた
「ね、りっくんの世界と他の人の世界はこんなに簡単に繋がるんだよ」
――カタリと音を立てて、隔離されていた漓音の世界が、あるべき場所へとはめ込まれた。
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