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「りっくんはさ、雨の日の桜のどこに惹かれる?」
「りっくんって……。そうだな――」
漓音は桜子と隣り合って座り、強風と雨に晒されて、ひらり、ひらりと花弁を落としていく桜へと目を向けた。
「単純に晴れの日みたいに周りが騒がしくないってのもあるし、静謐な空間が一人で考え事をするのに適してるというのもある。でも、それ以上に僕にはこの桜の在り方が気高いと思うんだ」
「気高い……?」
「うん、人生と同じだよ。こちらが特に何かをするわけでもなくても、この雨や風のように生きていれば多くの外圧や困難がふりかかる」
桜子は口を挟むこともなく、一つ一つの言葉をゆっくりと選び取り、ありのままの気持ちを紡いでいく漓音を横目に見つめていた。
「それでも桜は誰にも頼ることも助けてもらうこともなく、最後まで美しく咲いて、そして散っていく。そんな姿が僕には、あまりにも眩しく思えるんだ――」
本当に不思議だった。
普段、喋るのも得意ではない自分が、今日初めて出会った彼女の前では、こうも自分の中にある感情を言語化して伝えることができる。
最も、自分のような人間が雑に思考をこねくり回して吐き出したような言葉を、彼女のような常に陽の光の側に立っているような人が、どう受け止めるかまではわからないが――。
「驚いた……。りっくん、詩人とか向いてるよ。私、ちょっと恥ずかしくなって来ちゃった」
「なんで桜子さんが恥ずかしがるんだよ、バカにしてる?」
だが、隣に座る桜子は本当に頬を真っ赤にして、左手で顔を抑えながら、右手でうちわのようにパタパタと扇いでいた。
「ち、違うよ! 本当に凄く素敵な感情の吐露だったと思うし……嬉しかったよ」
「いや、御礼を言う意味もわからないから」
「でもさ……りっくんって友達居ないでしょ?」
突如、放たれた直球な一言に漓音は顔をしかめるも、事実なので反論はできない。
そもそも、友人と呼べる存在が居ない理由は自分にあるということくらいは自覚している。
「あ、ごめんね。でも、持ってる世界観、纏っている空気が人を寄せ付けない、必要としてない感じがして、お姉さんは少し気になったのです」
「間違ってないよ。桜はさ、その場所から動いて逃げることはできないよね?」
「そうだね、どんなに願ってもどこにも行くことはできない」
「だからこそ、必死で生きてる。でも僕は雨が降れば傘を差すし、風が強ければ家から出ない。人と関わって、無理して合わせて、余計な重荷が増えるくらいなら、最初から自分が一番楽に苦しまない道を行くよ」
「そっか」
「僕、昔から勉強はそれなりにできたんだ。多分、大学も良いところに行けると思う。その後は給料が良くて人とできるだけ関わらないで済む仕事をしようと思ってる」
さっきまで普通に見れた桜子の顔を何故か今見ることができない。
彼女はまだ何かを言う様子はない。
できることならば、この会話を早く断ち切ってしまいたい。
「……くだらないヤツだと思った?」
その言葉を振り絞るのには予想以上の勇気が必要だった。
今の自分はどんな顔をしているだろうか、声はちゃんと出ているだろうか。
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