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草木も眠る夜更け、ジークリッド辺境伯の屋敷にて。
慣れないベッドのせいで眠りが浅かったのか、私――エレノア・ヘンゼルはふと目を覚ました。
すると、静寂に包まれているはずの屋敷のどこからか、こもったような低い音が断続的に聴こえてくる。
(なんの音かしら……まさか、この屋敷には幽霊が出るとか!?)
もう一度耳を澄ましてその音を聴いてみる。
よく聞けば、その音は人の声のようにも思える。
恐ろしくなった私は、その音の正体を確かめて安心したいのだと自分に言い聞かせながら、静かにベッドを降りた。
足音を立てないよう、音のする方に少しずつ近付いていく。
部屋の隅にあるクローゼットの前を横切った時、私はその低い音が人の声であることを確信した。しかも声の出所は、このクローゼットだ。
(開けるわよ。幽霊なんて実在しないんだから。クローゼットを開けたら幽霊が飛び出してくるなんて、絶対にないんだから……!)
クローゼットの扉の取っ手に手をかけて、私は思い切ってそれを開けた。
(ひっ……!)
声にならない声を上げながら、私は腰を抜かして床にへたり込む。
固く閉じた両目を片方ずつゆっくりと開いていくと、そこには当然のことながら、幽霊などいなかった。
その代わり、左右に所狭しと吊るされた衣裳の向こう一番奥に、うっすらと光が差し込んでいる場所がある。
先ほどから聞こえていた低い声は、その光の向こう側から漏れてきているようだった。
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