ごめんなさい、全部聞こえてます！ ～ 私を嫌う婚約者が『魔法の鏡』に恋愛相談をしていました

前編

「鏡よ鏡、どうか私に真実を教えてください。私の声が聴こえますでしょうか？」

（鏡……？　一体なんの話をしているの？）

　立ち上がり、恐る恐るクローゼットの中に一歩入ってみる。
　音を立てないように衣装の間を慎重にすり抜けて、私はクローゼット奥の壁に近付いた。

「鏡よ、答えて欲しい。好いてもいない相手と結婚させられたら、人は一体どうなってしまうのだろう」

　壁のすぐ側まで行って、私はおおよその状況を理解した。
　私のために用意されたこの部屋のクローゼットの壁には、隣の部屋まで貫通する小さな穴が開いていたのだ。

　どうやら、隣の部屋にいる男が鏡に向かって話しかけている声が、こちらまで漏れてきているらしい。

（ああ、そういうことね）

　この低い声の主は、ちょうど明日、私との結婚式を控えた辺境伯ユラン・ジークリッドのものだ。