前編

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「壁に穴が空いているなんて、一体どんな貧乏ボロ屋敷なのよ……」  前領主であるアンゼルム・ジークリッドは、亡くなる前にほぼ全ての財産を使い切って、すっからかんになったらしい。  ユランが爵位を継いでまだ一年。  たった一年では財政を立て直すまでに至るはずもなく、ボロ屋敷の修繕など、きっと後回し。まだまだ先になるだろう。  初めからアンゼルムではなくユランがここを継いでいれば、きっとこんなことにはならなかっただろうに。  再び静寂に包まれた屋敷のクローゼットの中で、私は一息ついてその場に座り込んだ。 「ユランったら。って、なんのことだろう……」  ユランは、私を王都に帰すことはできないと言った。  私との結婚を白紙にしたところで、我がヘンゼル家はユランに対して文句の一つも言うことはない。そもそもユランを裏切って傷付けたのは、我がヘンゼル家の方なのだから。  しかし、クルーガ伯爵家はどうだろう。  姉に続いて私もユランと結婚しなかったとなれば、さすがに黙ってはいないのではないだろうか。 「そっか。だから私を王都に帰すわけにはいかないのか」  あれこれ考えるのが嫌になり、私は立ち上がってクローゼットを出る。  慣れないベッドに再び潜り込むと、早く眠ってしまいたいとぎゅっと目を閉じた。  ユランの気持ちは私に向いていないのに、明日は私たちの結婚式だ。
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