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「それじゃ、田中。お前は元気でな!」
部屋から立ち去る友人の背中に声をかけて、私はそこに残ることにした。
今日は何も見つからなかったとはいえ、一応は本物の事故物件だ。私一人、ここに残ってもっと探し回りたいと思ってしまったのだ。
「ホラー小説のネタ探し、続行だな」
独り言を口にしながら、ふと自嘲気味に考えてしまう。
どうせネタを見つけて新作が書けても、もはや私にはそれを発表する場はないのに、と。
今の私は、小説投稿サイトにもアクセスできないのだ。先ほど田中への挨拶が独り言だった――田中には聞こえなかった――のと同じ理由で。
なにしろ私は、3年前に事故で死んでいるのだから。
「私が成仏できないのは、おそらく小説関連で強い未練があるからだろうな。もっと評価されたかったとか、心の奥底では『プロ作家になりたい』という気持ちがあったとか」
今更のように自分を振り返る余裕が出来たのは、この部屋が何となく居心地よいからだろうか。
ならば、もうしばらくここに居させてもらおう。
ここは不動産屋も「事故物件」と認めるところだ。ここで亡くなった当人は既に成仏したみたいだが、代わりに別の幽霊が居着くというのも、それはそれで面白いのかもしれない。
結局のところ、引っ越し検討中の友人についてきた結果、むしろ私の方が引っ越しする形になったようだ。
(「ホラー小説のネタ探し」完)
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