波の下から見る花は

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「いいお天気でようございましたね。宮中にいた頃は、雨続きで花が散ってしまってからようやく晴れた年もございましたし。」  私たちは、主上の墓石の幻の御殿に一門総出して、満開の桜を見ていた。主上は向こうで、大人たちに交じって盃を傾けている。私は如才なく二位様のお隣を陣取っていた。 「それにしても、神器まで持ち出していただけるなんて......。」  そう、二位様は恐れ多くもご自身が波の下の都に持ち込んだ三種の神器の一つ、草薙の剣で草を払えないかと考えつかれたのだった。かのヤマトタケルが草を薙ぎ払って難を逃れたという神剣は、もちろん天子以外が使うことなど許されないから、主上が剣をふるうことになった。神器を持ち出すのにさすがに内密というわけにもいかず、男衆からはそんなことのために気安く神器に触れるなと猛反発があったが、二位様は、 「私が持ち出さねば、そもそもこの都にはなかったものです。」 と一蹴なさった。  いざ(おか)に上がり、主上が見事な剣さばきで草をいっぺんにお薙ぎになったとき、私は不覚にも目頭が熱くなってしまった。このお方は、子ども扱いされながらも、立派な武家一門の天子として独り立ちする努力を重ねていらしたのだ。それを見た男衆からの認識も変わったようで、あそこで一人前の男としてお酒を飲まされていらっしゃるわけだ。  その光景を横目に見ながら、二位様は、 「あら、他に使いようもないものですもの。それに、神剣が力を発揮して草を薙いだということは、主上が正当に神代からの血をお継ぎになっている証でしょう。真の持ち主が自分の持ち物を使って、何の問題がありましょう。」 と、あっけらかんとお笑いになっている。こういう肝の太いところも、恐れながらこの上なく好き。 「これからは毎年花見をしようぞ!」 と、男衆がわめくのが聞こえる。風が吹いて、白い花びらが舞う。私たちの着物にも髪にも、もう花びらが留まることはないけれど、もっともっと強く風が吹けば、花びらが波に落ちることもあるかもしれない。もしかしたら、今までも藻屑の中に紛れていたことがあったかもしれない。  陸のものにはもう触ることができないけれど、波の下のものは私たちのもの。きれいな花びらを集めて、たくさん波に舞わせれば、いつか波の下の都でも花見ができるかもしれない。何百年、何千年かかるかもしれないけれど、私たちには問題にならない。そんなことを考えていたら、二位様にそっと耳打ちされた。 「陸のお花見もやっぱりいいものね。私、今までこっそり水底にたどり着いた桜の花を集めていたの。」  ああ、なんと。主上のための花見のみならず、二位様と二人きりの秘密を持つことまで叶うとは。私はこの先、何百年、何千年、二位様と二人、白い花びらで小箱を満たしていくことを夢想した。
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