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5.多香子さんの『お説教』
「はい、どうぞ。気をつけて、持って帰ってね」
ショートケーキが二個入るくらいの小さな箱を『小さなお客様』に合わせ、腰をかがめてまいさんが手渡す。
「ありがとう!」
元気よく言って、顔をほころばせながら、『いつかの僕』が現在の僕の横を通りすぎて行く。
小走りの後ろ姿を、僕と同様に苦笑いしながら見送っていたまいさんが、僕の存在に気づき表情をガラリと変えた。
他にお客さんの気配のないのを見届けて、僕のほうへ歩み寄ってくる──うさんくさいものでも見るように。
「ちょっと。あんた、なに見てんのよ?」
「───うわー、まいさんヒドイよ、いまの表情。
聖母マリア像が阿修羅像にすげ替えられたくらい、ヒドイよ」
「……それは確かに酷いわ」
片手で顔を覆ってガックリと肩を落としたまいさんに、冗談だよ、と、笑ってみせる。
「まいさんが、僕に見せてくれる顔は、全部僕の宝物だから。気にしないで、いろんな顔を見せて?」
「───もうっ! 私、仕事中だっていうのに、バカなこと言って……!」
照れ隠しのように僕の背中を叩くと、まいさんは赤くなった頬を手の甲でなでながら、お店のなかへと戻って行った。
「カレシくん、ちょっといい?」
まいさんの接客姿をひとめ見て満足した僕は、いつもの定位置であるセンターコートの片隅にあるベンチへ行こうとした。
けれどもその前に、お店の裏口の扉から多香子さんに呼び止められる。
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