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 女子の友人には、自分の口から転校について告げた。  皆が別れを惜しんでくれて、涙を滲ませる者までいた。  担任には、クラス全体に知らせるのは一学期の終業式の日にしてほしい、と母を通じて要請してある。  もうあと一ヶ月もない。  できれば終業式に新しい住所を周知できたら、と考えていたのだが、肝心の住まいがなかなかはっきりしなかった。  父の会社の社宅に入ることになっているのだが、どういう事情かはともかく複数ある社宅のどこに割り当てられるかが決まらないのだという。  結局、父の異動は八月半ばで社宅もその直前まで待って欲しいとのことだったようだ。  そのため、終業式にクラスメイトに新しい住所を、というのは不可能だった。  友人たちには個別に知らせれば済むが、宏基に届ける術がない。もちろん彼にも直接知らせる方法はあるが、その勇気は流石になかった。  だからせめて、を。 「小野寺くん、あげるからもらって。これ男の子みたいだから、あたしはピンクのだけでいいし」  何が何だかわからないといった様子で戸惑う彼に、有無を言わさず押し付けたブルーのストライプのボールペン。  勢いに押されたように受け取ってランドセルに仕舞った宏基の、「名古屋行っても元気でね」は単なる「しゃこうじれい(社交辞令)」かもしれない。  それでも「宏基から陽奈への言葉」に変わりはなかった。  さようなら、ありがとう。あたしの──。
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