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「あの、好きなアニメ、ありますか」
「えっ、あ、えっと……メジャーどころだと、まどマギ、とか?」
「ま?まど、まぎ?」
たっちゃんさんがポカンとしている。
「「まどか☆マギカ」」
俺とリサさんがハモった。
「へ―君知ってるんだ、世代じゃないでしょ」
「いやぁ、流石に有名すぎるから」
『魔法少女まどか☆マギカ』は、俺が保育園児くらいの頃に放送された超人気アニメで、何回か映画化もされている。絵柄は、びっくりするぐらい大きい目が特徴的。
「まどマギっぽい感じだったら……」
たっちゃんさんの方をちらっと見る。
「あ、レオ何か描く?どうぞ」
本職の前で申し訳ないと思ったけど、紙と鉛筆を借り、顔の三分の二を目が占めるような金魚を描いた。まどマギの絵柄だと、アニメ的だけどポップさはちょっと足りないから、目の中に星をいっぱい入れて、まつ毛もぱっちりと生やし、唇を強調する。
「えーかわいい!こんな感じこんな感じ!」
「すごい、レオよくこんなのサッと描けるね!これに合わせるなら、周りどんな柄が良いかな?」
「ファンタジーっぽく、ですよね?えっと……じゃあ、不思議の国のアリスみたいなのとか?ベニテングダケとか、イモムシとか、可愛いけど毒々しい」
「いいかもいいかも!」
金魚よりはラフにだけど、丸っこいベニテングダケとその上にイモムシ、ティーセットやトランプをごちゃっと描いていく。
「わーすごい!イメージ通り、ってイメージ超あやふやだったけど」
「右脚は、たっちゃんさんにバトンタッチ」
「えーすごいなぁ、こんなの見たことないわ俺。えどうしよ、クジラは金魚みたく目ぱっちりキラキラにするとして、左脚の背景がファンタジー系だから、右はいっそ現実の街並みとか?街の中どんどん進んでく感じ」
「あっそれいいー!」
「好きな街ってあります?」
「んー、中野とか。ていうか、中野ブロードウェイ」
たっちゃんさんがまたハテナの顔になった。
「えっ、中野ブロードウェイって何?」
「あのー、漫画とかアニメのグッズ売ってたりするんですけど」
「サブカルのデパートみたいな商業施設」
「へぇ、漫画とかの他には何があるの?」
「「なんでもある」」
また俺とリサさんがハモった。
「ほんと、何でもあります。同人誌とかフィギュアはもちろんだけど、アイドルのポスターとか写真とか」
「時計屋とか、アンティークのぬいぐるみとか、切手とかもある」
「ご飯も食べられるし!」
「へえ……なんか情報量多くて逆に想像つかないかも。これいっぺん行ってみないとだなぁ」
「あー、いいなぁ……」
リサさんが言った。
たっちゃんさんが、最近行ってないんですか?と聞くと、
「車ぶつけられて、脚なくなっちゃってから、行ってないですね。もう二年かな。ブロードウェイ、車椅子だと厳しそうだから」
確かに、中野ブロードウェイはメインの通路は広いしエレベーターもあるけれど、各店舗内は通路が狭い所もある。それにプレミア物のフィギュアなんかもザラにあるから、ちょっとぶつかっただけで大事になりかねない。なかなか勇気は出ないかもしれない。
俺が「あーそうですよねぇ」と応えながらたっちゃんさんを見ると、たっちゃんさんは「車、ぶつけられて、ですか」とぽつりと言って、どこか見てるけどどこも見てない、みたいな目をしていた。
「ね、たっちゃんさん!」
俺が大きめの声を出すと、ビクッと肩を上げた。
「あーゴメン、ぼーっとしちゃってた。何?」
「一緒に行けばいいんじゃない?中野ブロードウェイ」
「え?誰が誰と?」
「や、だから、リサさんと俺らと、三人で行けばいいじゃん」
「えっ」
「ちょっ、それは申し訳ないです!」
大人二人は困惑している。
「でもさ、リサさん行きたいでしょ久々に。それにリサさん居ないと、リサさんの好きな店とか分かんないよ?」
「まぁ……正直、行けたら嬉しいし、男の人二人もついてたら心強いですけど…」
たっちゃんさんは、うーん……としばらく考え込んではいたが、
「おっけ、行こう!行きましょ!三人で!できれば、うちの定休日の月曜が良いんですけど、お仕事ありますよね?」
「いやいや、全然休み取ります!行けるなら」
「え、いいんですか?ほんと大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、有休溜まってますし!」
話がまとまった、というかまとめた。翌週の月曜に行こう、という話になった。
「ちなみに、二人が言ってた、まどまぎ?って、面白いの?」
「めっちゃ面白い」
「絶対観るべき」
「今からまどマギ初視聴できるの羨ましい」
「とにかく三話までは観て」
「俺ブルーレイ持ってるから貸す」
俺とリサさんに圧倒され、たっちゃんさんは「お、おっけー……」と呟いた。
リサさんを見送った後、たっちゃんさんは
「レオ、アニメとかサブカル詳しいんだね。今日すっごい喋ったじゃん」
と言った。好きな物のことだけノリよく喋る、俺の良くない所が出た。まぁね、と小さく言う。
「俺じゃ描けないよ、あれは。見たこともないものができそうだわ、ありがと。ありがとなんだけど。……お客さんと出かけようとか気軽にいわないでえー!」
「え、なんで」
「や、だって今日会ったばっかで、その場のノリでさぁ」
「俺とは会ったばっかなのに高円寺行って、その場のノリでニット編む約束までしたけど。なんで俺ならOKでお客さんだとダメなの」
「いや、それは、他のお客さんにも同じようには出来ないし、してないし……」
「へー、お客さんそれぞれ要望とか事情違うのに、対応は一律なの」
「で、でも、同じお金払ってもらってるのに」
「じゃあ、デザイン料に上乗せさせてくださいとか言えば良かったんじゃない?俺ボランティアでとは言ってないけど」
たっちゃんさんが、眉間に皺を寄せてハァーっと長めのため息を吐いた。こういう顔を見るのは初めてだ。でも、俺は、リサさんと会ってリサさんの希望要望を聞いた結果、こうするのが最善だと思った。
「出過ぎた真似したのは謝る。ごめんなさい。でも、リサさんの脚に一生残すんだよ?事故から守り切った太ももに。リサさんが一番いいって思える形にしたいじゃん」
「うん……まあ、レオの言う通りではある。商売的な考えは一旦置いておいたら、その通りだとは思うよ。それに、楽しそうでもある。だいたい、中野ブロードウェイのタトゥーなんて、誰も見たことないと思う。一生で一回しか作らない図案だろうし、ちゃんと納得いくものにはしたいね」
ていうか、もう約束したからねー、と言ったたっちゃんさんの眉間に、もう皺はなかった。
「でもほんと、こういうことは俺に決めさせてよ!俺店長さんだよ!」
「最終決定したのはたっちゃんさんだったと思うけど、わかりました」
たっちゃんさんは、イーッと言って目をぎゅっと瞑った。
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