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「別に、今描くけど」
うわ、偉そうだなと思って、慌てて
「有名になることなんかないし」
と付け加えた。たっちゃんさんはそんな俺の取り繕いなんて意に介さず
「いいの?嬉しいー!店に飾っちゃおうかなー」
とウキウキし始めた。
「じゃ、たっちゃんさんの顔描くわ」
「それ嬉しいけど絶対店に飾れないやつじゃん!」
その通りだ。飾ったりなんてされたら、恥ずかしくて二度とこの店には入れない。
「コピー用紙とかある?」
「ええ、そんなんでいいの?デジタルで描いてよせっかくだし」
「紙の方が好きなんだ。あと、鉛筆」
窓から差し込む西日が、たっちゃんさんの顔の左半分に大きな影を作る。その分陰影が表現しやすい。
たっちゃんさんは、背が高いだけあって、ごつくはないが全体に骨格がしっかり感じられる顔立ちをしている。額が丸くないところや、鼻筋が通っているけれどやや太めなところが男性らしさに繋がっている。
それと対照的に、目は少し垂れて、優しげな印象だ。一番特徴的なのは、薄い唇の口角がきゅっと上がり、自然にしているだけで微笑んでいるように見えることだ。この口元が、無邪気な性格にマッチしている。
写実的ではあるが、あえてしっかりとは描き込まず、十五分くらいであっさりと描いた。できましたよ、と言って渡すと、たっちゃんさんは片手を自分の頬に当てて、うわぁ……と言った。
「それは、何のうわぁだよ」
「いや、すっごい良いけど自分の顔の絵ってすっごい恥ずかしいんだなって思って」
まぁ、でしょうね。描きながら散々あなたのことを分析したからね、と思ったが言わない。
「でもでも、ほんとすごい良い絵だ。初めて描いてもらうのがレオでよかった」
こんなに喜んでもらえるなんて、思いもしなかった。
「俺もいつかレオ描こっかな、お返しに」
「え、ヤダ。何か鉄球でキャッチボールしてるみたい」
「嘘っ、俺全然軽々と受け取っちゃったんだけど?! 強肩目指して鍛えよっかな……」
あれからしばらくして、リサさんからたっちゃんさんに
「今度は一人で行ってきました!おふたりと行かなかったら、きっと勇気が出なかったと思います。魚たちみたいに、私もずんずん進んでいきます!」
と、多分真っ赤だろうナポリタンの画像を添えたメールが来た。俺とたっちゃんさんは、今度は、静かに笑って握手した。
この図案が、俺とたっちゃんさんの運命までもずんずんと進めて行くんだけど、そんなこと俺たちは少しも気付いてなかった。
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