第3章「目玉」

3/6
前へ
/72ページ
次へ
 そのお客さんは、ユイナさんと言った。姫カットって言うんだろうか。顔周りの髪が頬辺りでぱつっと切られていて、それ以外はかなり長めの、ワンカールのロングヘア。ベースの髪色は暗めで、裾だけ青い色に染めてある、そのグラデーションは深海のように美しいと思った。 「どーも、よろしくお願いします。たっちゃんって呼んで下さい。えっと、胸元とバストの周りに、ぐるりと彫りたくて、メインは胸元、と言うかバストの上側に目を、ということですけど。イメージ固まってらっしゃいます?」 「実は、そんなに固まってなくて。あの、魚たちのタトゥーがすごく可愛かったから、それ考えた人に一緒に考えて欲しいなって」 「目、って言うのは何か意図があってですか?」 「はい、あの、あたし、自分の胸が嫌いで。大きいのが嫌で。ジロジロ見られるんです、街中とか電車の中で。だから、見られるなら睨み返してやりたいなって」 「なるほどぉ、じゃあまさに『目ヂカラ』ってやつがあったほうがいいですね」 「ですね。だから、この前の金魚ちゃんは可愛いけど、あそこまで可愛いと睨みが効かないから、ちょっと違う系統で」 「よくあるのは、こういう、肌に目がもう一つ増えたみたいな……」  たっちゃんさんが、図案のカタログを開き、「リアルな『三つ目がとおる』」って感じの、第三の目のような図案を指した。 「あー……なんかもっと、見てテンション上がる、ちょっと怖いけど可愛い、みたいなのがいいです」  なかなか難しい。もう少し深堀りして聞きたいと思ったので、たっちゃんさんの方を向いた。また、優しい目で「どうぞ」と言ってくれたので、遠慮なく聞いた。 「第三の目っぽい感じじゃないってことなら、あの、『目玉おやじ』みたいな独立した存在はどうですか?」 「その二択だったら、目玉おやじ系かなぁ。マスコット?妖精?みたいな。睨み効かせて胸守ってくれる存在、みたいな」 「目玉の妖精か……じゃあ、目玉おやじみたいに、眼球に身体が付いてるけど、髪生えててヘアスタイル可愛かったり、とかってどうですか?それこそ、ユイナさんみたいに」 「髪型お揃いか!嬉しいかもー。まぁ衝動的にボブとかショートにするかもしれないけど、ロングの時期の思い出にはなるし」  あ、それなら、とたっちゃんさんが口を開き、紙に鉛筆で正円を描いた。そして、その正円の上に眼球サイズの丸を描き、大きな正円の円周三分の二くらいを、ゆるくカーブを描いた線で囲んだ。 「こんな感じで、ロングヘアで胸囲うとか。所々にお花足したりして」  髪の毛に花を挿していく。まるで、花畑に座って遊ぶ少女のように可愛らしく、まさに妖精だった。 「かわいー!これがいいー!!」 「背景にお花足したり、ちょうちょ飛ばしたりも良いかも」 「あ、お願いします、盛り盛りで!」 「後ろのカールの具合はこんな感じですかね。前髪巻きます?」  もう、美容室みたいだ。  最終的に、長い髪で身体を隠した目玉が胸の上に横座りし、さらに目玉のロングヘアが胸の外周を包み、髪の毛の間や背景に花と蝶がたくさん描かれている、という図案になった。 「わーめっちゃいい、超かわいい。しかもちょっとグロい。目指してた感じです」 「よかったぁ。これ綺麗に描いて、メールでお送りしますね。次回の予約いつにしましょうか」  今回はロケをすることもなく、スムーズにまとまった。俺が口出しした量も少なく、もちろんセクシーな雰囲気になることも全くなかった。たっちゃんさんのラフをもとに、俺が清書することになった。  帰宅してから、部屋で、ユイナさんの言葉を反芻していた。「大きい胸をジロジロ見られるのが嫌」。俺は、勝手に共感した。他者からの望まない性的な視線の気持ち悪さ。そこに共感した。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加