第3章「目玉」

5/6
前へ
/72ページ
次へ
 リサさんの金魚の図案同様、絵の輪郭をしっかり描き、立体感はあまり付けない。髪の毛はグラデーションにするよう指定を出す。微妙な色味はたっちゃんさんにお任せ。  自画自賛だけど、もし俺に豊かな胸があったなら、こんなかわいらしい額縁を纏ってみたい、と思った。  数週間後、閉店作業後にたっちゃんさんの店に顔を出した。ユイナさんの施術後の写真を、「デザインに携わったんだし見たいでしょ」と言って、たっちゃんさんが見せてくれた。  胸の大部分は手で隠し、タトゥーの入った外周や胸の上だけ見える写真。この写真を見た人は、「セクシーだ」と思うより先に、「キュートだ」と思うんじゃないかな、と思った。まぁ、俺が一般的な男性の性的欲求の程度を知らないから、そう思うのかもしれないけれど。 「いいよねぇ。いやらしさとか全然ない。可愛くてちょっと怖くて、おとぎ話みたいでさ。ユイナさん、自分の胸が好きになった、大好きなアクセサリー付けた時みたいに、胸だけじゃなくて自分全体のこと、可愛くなったみたいで好きになった、って言ってくれてたよ」  タトゥーにそんな効果があるなんて。嫌いなものを好きにさせる、そして一生傍にいる。たっちゃんさんは、本物の妖精を授けたのかもしれない。 「俺、知らなかった。タトゥーが、そんな風に誰かの気持ちを救う力があるってこと」 「今回もさ、リサさんの中野ブロードウェイの図案もさ、レオが居ないと出来上がらなかったから。俺と、レオと、半分ずつの力だよ」  たっちゃんさんが、写真に目を落として言った。 「いつか、さ。俺にも、図案描いてくれる?」  その言葉の重みに怖気付いた。同じ一生残るタトゥーでも、お客さんに対価を貰って描くのと、よく見知った人のために描くのは、ずいぶん心持ちが違うのだということを知った。でもたっちゃんさんは日常的にそういうものを描いて、さらに彫っているから、感覚が俺とは違うんだろうか。  たっちゃんさんは、いつもの穏やかな目だけど、その奥に、求めるような、こちらを射抜くような光を感じた。うん、と、言わざるを得なかった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加