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いや、お前誰だよ。
思わず言いそうになったが、彼の風体を見て堪えた。黒いセンターパートのショートヘアはいいとして、カーキのブルゾンからはみ出た首と手首と手の甲、そして指にまで黒のタトゥーが入っている。見えないけれど、腕も引き続きタトゥー入ってんだろこの感じは。
「髪、くせ毛?パーマみたいでいいねぇ。顔立ちちょっとおばーちゃんに似てるね!」
男はそう言いながら立ち上がり、俺の髪型をつむじの形込みで見た。割と細身だから、座っていたら予想がつかなかったけど、立ってみれば、見上げるような長身だった。
こんな人に「お迎えに来た」と言われてついていくほど、俺は平和ボケしていない。一旦美容師さんに助けを求めようと回れ右した。
「あ、ごめんねぇ言ってなかったね、レオ君のおばーちゃんから、レオお迎えに行ってあげてーって言われたんだよ。俺はね、おばーちゃんのカフェのお隣さん。たっちゃんって呼んでよ!」
呼ぶ訳がない。無視してドアノブを強く握ったら、
「ほら、おばーちゃんに電話掛けてるから……あ、おばーちゃん?レオ君ね、すーっごい警戒してる!全然目が合わないから、ちょっと喋って?」
はい、とスマホを渡された。知らない人の頬に当てられたスマホを、自分の頬に当てるのはかなり抵抗があったので、スピーカーに切り替える。
「あ、レオぉ?その人ね、たっちゃんだから」
ばあちゃん、よく考えてくれ。俺はこの人の通称しか知らない。子どもの頃あれだけ、「レオは可愛いから変な人に連れていかれそうで心配だわぁ」って言っていたじゃないか。この人は、変な人ではないのか。
「ごめん、それは聞いた」
「お隣の店の人でね、すっごく優しい子だから安心して!おばあちゃんのカフェまで案内するって言って、そっちに行ってくれたのよぉ」
確かにばあちゃんの声だが、ボイスチェンジャーを通して喋る別人かもしれないので、
「ばあちゃん、俺が中退する理由覚えてる?」
と聞いてみた。ばあちゃんは、あらぁアハハと笑って、
「ダルいから、でしょ」
と言った。正解、あなたは俺のばあちゃんだ。
一定の距離を置いて長身タトゥー男の後ろを歩く。
「レオ君、俺別に取って食ったりしないから安心して?結構モラリストよ。ところでさぁ、ダルいから中退ってなかなかパンクでいいね」
「はぁ、まあ」
パンクも何も。
勝手に注目してああだこうだ言われるのも、そもそも毎日課題やって予習復習やるのも、もっと言えば朝起きるのも、全部ダルかった。
あんたはダルくなかったの?なんて、聞いてもしょうがないことの為に、俺は口開けたりしない。それこそ、ダルい。
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