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カフェに着いてばあちゃんに会うなり、小声で、努めて婉曲的にクレームを入れた。
「ばあちゃん、俺さ、もう Google マップ見たらばあちゃんの店まで行けるくらいオニイサンになったんだよね」
「あらあら、髪も背も伸びたし、立派になったのねぇ」
鷹揚にスルーされ、挙句
「たっちゃんと仲良くなれそうかしら?」
と言われた。
「あとひと押しで友達になれそう!」
頭上から、ポジティブな大声が降って来た。この先、めちゃくちゃ強くひと押しされるんだろうかと怖気付いた。
初めて来たばあちゃんのカフェは、大きな窓と白い壁のおかげで光に溢れていた。大テーブルの真ん中に、葉の着いた大きな枝が生けられた花瓶が置いてあった。
ドウダンツツジ、というらしい。頭上にはたくさんのドライフラワーが吊るしてあるのが、花が好きなばあちゃんの店らしいな、と思った。この空間でバイトできるのは悪くない、いや、すごくいい。
「店、おしゃれだね」
「たっちゃんがね、色々教えてくれたのよ。今はこういうのがウケるよーとか、ここの建築事務所いいよーとか。ねっ」
長身タトゥー男もアウターを脱ぎながら、ねっ、と応える。
忘れるはずの無いデカさなのに、一瞬その存在を忘れていた。
「……ばあちゃん、この方」
「あのね、佐藤タツミくんて言ってね、よくお茶に付き合ってくれるの。たっちゃんって呼んであげて」
改めて彼を上から下まで見た。首のストロークが長くて疲れる……と思ったところで、俺の目が釘付けになった。
「あの、佐藤さん」
「あ、たっちゃんね」
「佐藤さん。そのセーター」
「たっちゃん、ね」
「さと」
「たっちゃん。ね」
「……たっちゃん、さん。そのセーター。古着ですよね?」
「うん、そうだよ。高円寺にいい店あってさぁ」
「これ……」
俺は、たっちゃんさんの腕をつかんだ。
そしておもむろに、その濃紺のニットのにおいを嗅いだ。
「えっ、ちょ、おばーちゃん、レオくんこういう挨拶するタイプの子なの?」
「……やっぱそうだ」
少し立った襟元、腋部分のひし角のマチ、裾のスリット、たっちゃんさんの細身が際立つぴったりしたシルエット、そしてこの羊の脂の匂い。
「これ、ビンテージのガンジーニット……」
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