第7章「首筋」

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苦渋の選択だった。でも、夜に一人でネットだけで情報を得ようと思ったら、感情を単純化して仮にでもラベルを貼るしかないから。  そして俺は自分の性的指向を、また暫定的に「デミロマンティック」と分類した。それは俺をいくらか安心させた。同じような感情の動きをする人は、決して特異な存在ではないと分かったから。  でも、自分が恋愛感情を抱くということは、俺には受け入れがたい。これまでいくつかの恋愛感情にまつわる出来事が、俺の安全を脅かし、居場所を諦めさせてきた。  ラブソングは聴けるし、恋愛もののアニメだって楽しめるのに、現実の恋愛は、不快感と結び付いている。  たっちゃんさんが語った、一馬さんへの告白の結末。それはさらに、恋愛への恐怖感を煽った。  たっちゃんさんが怖いわけじゃない。二十分視線を浴びても、1ベッドルームの部屋を予約しようとも、羞恥はあるがその点に恐怖も嫌悪も感じない。俺が怖れているのは、「告白」によって関係性を失うということだ。  たっちゃんさんはどう思っているだろう。二十分間見続けた俺の斜め前からの顔、その絵を見た時の俺の動揺ぶり。今までの俺の、気持ちを探るような言動。それらを総合したら、俺よりずっと早く、俺の感情に気付いていたのかもしれない。  奇しくも、俺も、十九歳のたっちゃんさんも、兄のように慕っている人を好きになってしまった。俺は、自分がたっちゃんさんの人生を追体験しているように感じた。  一方で、たっちゃんさんからしたら、自分の辛い記憶をなぞるような少年がやってきたようなものだ。その少年は、「兄」が眠る場所へのガイドブックを持って現れ、「兄」の絵のようなカラフルな物を作り出し、自分のことを慕い始めた。そう考えると、よく俺と正面から向き合って、仲良くしてきてくれたな、と思う。  羞恥と恐怖と不安の材料はいくらでも湧いてきた。あぁこれは明日のバイトフラフラになりそうだ、朝ばあちゃんに濃い目のカフェラテを淹れてもらおう。そう考えた辺りまでの記憶はある。  そこから一週間、再びたっちゃんさん通信は臨時休刊になった。購読者に休刊理由を伝えたいけれど、「取材対象をまともに見ることが出来ません」とは流石に言えない。休刊からちょうど1週間後、「元気なの?」とメッセージが来た。  断片的に切り出して、文章に落とし込むことは多分できない。「時間がある時に電話で話したい」と伝えた。  二十二時頃、ルイに電話した。 「あの、ルイはさ、人を好きになったことあるの」  言った瞬間、俺ってめちゃくちゃ馬鹿だな、絶対犯罪とかしちゃダメなタイプだなと思った。この、「たっちゃんさんと何かあった」と思わせる状況で、人を好きになったことがあるかと聞く。単純な足し算一回で答えが出てしまう。書き言葉だと難しいと思ったから電話にしたのに、電話はもっと下手くそだった。 「それは、恋愛感情としてってこと?あるわよ」 「そうなんだ……あのさ、その時、自分が嫌だなとか、怖いなとか、思ったりしなかったの」 「特に思わなかったわね」 「そっか……」  自分から聞いといて、電話までしといてそっかで済ますなよとは思うけれど、どこまで話していいものか分からない。いや、どこまでも気づかれている気はするけれど。
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