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第8章「花火」
旅行当日の朝、重たい荷物を抱えて、ばあちゃんのカフェ及び自宅及びたっちゃんさんの店の最寄り駅に集合した。
「おはよ!レオちゃんと寝てきた!?俺あんま寝てない!楽しみすぎて」
「おはよ。まぁ、寝不足、かな」
駅に来るだけで汗だくになったのに、そしてたっちゃんさんだって汗だくなのに、なんでこんなに元気なんだ。俺は昨夜やっぱり、あんまり眠れなかった。楽しみではあるけれど、不安の方が断然大きい。どうせ今晩も明日もよく眠れないだろうに、大丈夫なんだろうか。
だいたいたっちゃんさんは、この旅に行く理由をあんなにシリアスに、切々と語っていたのに、俺より楽しもうとしている。何なら、たっちゃんさんを門司に連れて行くことが、半分俺の旅の目的になってしまっている。
羽田に着いてからも、たっちゃんさんは引き続き元気だ。しかも、あぁ無理に元気出してるな、空元気だなという感じがしない。通常営業のちょい上、くらいの説得力ある元気さだ。
「ねぇ、すごいわんぱくなおにぎりあるよ。いくらと鮭。めっちゃ大きいよ。これ朝ごはん代わりに食べていいかな」
「いいけどさ、これ北海道のやつじゃん、今から山口行くんだけど。すげーお腹いっぱいになりそうだし。昼飯入るの?」
「じゃあ俺だけ食べるから、レオは指くわえて見てれば」
「俺も食うよ」
コンビニおにぎりの二倍くらいある、いくらと塩鮭がたっぷり詰まったおにぎりは、ちょっと温かくてすごくおいしかった。
「おいしー。次北海道行こうか」
「いや、俺もうすぐ学校通うし」
この次の旅行なんて不確実な約束は出来ない。果たせなかったときに悲しくなるだけだ。でも、北海道は行きたい。
あぁ、今「行きたい」と思ってしまったから、この先誰かと北海道に行ったら、「あの時たっちゃんさんと北海道行きたいって思ったな」って思い出すんだ。もう未来のことは何一つ言わないで欲しい。
寝不足な俺たちは、わんぱくな炭水化物を胃に入れたおかげで、離陸前に爆睡した。俺はたっちゃんさんよりいくらか早く入眠したらしく、
「レオせめて離陸してから寝て。エンジン音が鼾に太刀打ちできる状態になったなって確認してから寝て。俺同行者じゃないですって顔したくなったよ」
とまたクレームを付けられた。
「離陸の怖さから気逸らせて良かったじゃん。つか、たっちゃんさん夜寝るとき大丈夫なの。途中百均寄って耳栓買って行ったら」
「もう買ってある。預け荷物に入れちゃっただけ」
不安だったけど、滑り出してみればいつもの俺たちだった。
離着陸の気圧変動で腹の中のおにぎりは圧縮されたのだろうか、正午にはすっかり腹が減っていた。これは昼の瓦そばも美味しく食べられることだろう……と思いきや、目当ての店は待ちの客が十組以上いた。
お盆休み真っ只中で、しかも県内で大規模な花火大会が開催される当日。ちょっと考えればこの事態は想定できただろう。あるいは、ルイに旅行プランの事前チェックを頼むべきだった。
苛立ちかけていた俺を他所に、たっちゃんさんはゆったりと、
「おにぎり食べといて良かったねぇ。あのおにぎりもさ、午前中には売り切れるらしいよ?ラッキーだったね」
と言った。
俺は人を見る目がある、と感動した。たっちゃんさんの友人たちは、すぐにでもたっちゃんさんとの旅行を検討すべきだ。同行者の鼾への備えができ、トラブルをトラブルとすら思わず、三十メートル先からでも視認可能だから待ち合わせにも困らない。感動はしたが感動で腹は満たせない。土産物屋の軒先で、昼飯のプランを練り直した。
「俺、食えればもう何でもいい。正直この空腹具合ならラーメンとかの方がうれしい」
「ホントに正直だね。このどう見ても博多ラーメンな店はどう?すぐ近くだけど」
「OKそこにしよう。対岸は福岡だし、下関ラーメンみたいなもんだろ」
山口県民と福岡県民から追放を喰らって関門トンネルの真ん中で立ち往生しそうな会議の結果、博多ラーメンを二回替え玉した。
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