第8章「花火」

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 タクシーが宿に着いた。俺達の泊まる宿は古民家を改装した一軒家で、玄関のタタキのコンクリート土間に丸い石が埋まっているところや、玄関脇の窓ガラスの模様は、ドラマで観たことあるおばあちゃんの家、という感じだった。 「レオ見て、中すっごいお洒落だよ」 「ホントだ、これオーナーの娘さんか息子さんがすげぇ頑張ったのかな」 「いやオーナーが北欧の方なのかも」  部屋の中も玄関同様古い日本家屋そのままで、東と南には大きな窓があり、その手前が縁側になっている。しかし、床は無垢のフローリングで、リビングと続き間になっている北側のベッドスペースには、丸っこい花柄の壁紙が貼られている。それこそ北欧の家具メーカーで揃えたのかな、というシンプルな家具がよく調和していた。  東の縁側には、二脚の籐の椅子が置かれている。腰掛けて窓の外を見れば、海と、大きな橋。 「えぇ、まって、これ関門橋?」 「嘘、こんな近いか?何かの間違いじゃね?ロケーション良すぎるだろ」  新宿御苑で、その場の勢いで決めた宿だったからよく見ていなかったけれど、改めてGoogleマップを立ち上げて確認したら、確かに目の前の橋は関門橋で、海の向こうに見える街並みは門司だった。  俺の想像する門司は、もっと遥か遠く、目を凝らせば高い建物が見える、位かと思っていたが、実際は大きな川の対岸ぐらいの近さだった。  はぁー、へぇー、と言いながら、二人とも椅子に腰かけてボーっと窓の外を見ていた。炭水化物を存分に摂取し、暑い中移動した後、空調の効いた部屋で一旦座ってしまったことにより、もうこのまま部屋でダラついてしまいたくなったのだ。少なくとも、俺はそう。二泊三日である、ということも気持ちの弛みに拍車をかけていた。  俺昼寝するわ、と言いかけたら、たっちゃんさんが口を開いた。 「なんかさぁ」 「ん?」 「二人で夏休みに田舎のおばあちゃんちに来たみたいだねぇ」 「いや、うちのばあちゃん都会っ子じゃん」 「そうじゃなくて、概念おばあちゃん?みたいな」 「バーチャルばあちゃんか……」 「懐かしいのに最先端だねぇ……」 「………ねえ、絶対俺ら眠いって。睡眠足りてないんだって」  俺は寝るぞ、と言って、ベッドに倒れ込んだ。ベッドルームの数がどうのとか、実際着いてみればどうでも良かった。たっちゃんさんは、アラーム十六時にするねぇ、と言って同じく隣のベッドに倒れ込んだ。一緒に田舎のおばあちゃんちに来た、はかなり的を射てる、俺たちは本当に兄弟的な絆を感じてるだけなのかもなぁ、と思いながら眠りに落ちた。  十七時、俺はボーっとした顔のまま、ふぐ料理屋に居た。ここはさすがに、一ヶ月前から予約しておいた。俺が「まぁ下関行ったらふぐは食うだろ」と言ったから。  とはいえ俺の小遣いで食べられる訳ないし、たっちゃんさんに奢らせる額じゃない。  概念でもバーチャルでもない、俺のリアルばあちゃんが、たっちゃんさんに「これで美味しいもの食べて来てね」と餞別にいくらか包んでくれて、旅行中の食費は全てそこから出ている、らしい。詳細はあえて聞かない。 「レオ、ありえない。これからふぐ食べるのによくそんな眠そうな顔で居られるね」 「あーごめん、半端に寝るといつまででも眠いわ」 「もっとテンション上げてよ。例えレオは実家で食べ慣れていたとしても絶対そんな素振り出さないでね?」 「流石に食べ慣れてはいないって」  もう料理を注文し終えているのにたっちゃんさんは、あーヒレ酒、いいなぁ……と言いながらメニューを眺めている。 「飲めば?ヒレ酒」 「いやぁでもさ、未成年引率してるしさぁ」 「別にいいだろ、俺あと半年ちょっとで成人するし」 「うわ、そっか、レオ十八歳で成人する世代か。じゃあいっか」  根拠がよく分からないけれど、たっちゃんさんはヒレ酒を飲むことを自分に許した。その調子でもっと自分に甘くなれよ、と思いながら、嬉しそうに注文する横顔を見ていた 「あ、ねぇヒレ酒飲むとこ動画撮っていい?」 「えっ、何で?」 「ルイが喜ぶ」  推しの喫煙にあれだけ沸いていたルイのことだから、飲酒シーンはさぞかし嬉しいだろう。しかもヒレ酒、かなりレアな映像だ。もうあいつへのお土産は特にいらないかな、と思いながら、おしぼりで湯呑みを包んでニコニコしているたっちゃんさんを動画に納めた。  ルイちゃんごめんね、いただいてまーす、というファンサービス付きだ。何にごめんなのかは分からないが、天を仰ぐルイの姿が目に浮かぶ。  撮りながら俺もニコニコしてしまっていることに気付いたが、もう手遅れだ、と思ってずっとニコニコしていた。
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