第2章「中野ブロードウェイ」

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第2章「中野ブロードウェイ」

 高円寺から帰路について、19時ごろに、ニットカフェおよびたっちゃんさんの店からほど近い、ばあちゃんちに帰宅した。一時的に「レオの部屋」にしてもらった客用寝室に荷物を置き、ベッドの上に大の字になった。そのまま寝入りそうになったら、ばあちゃんが階下から、 「レオ、お茶にしましょう」  と呼ぶ声が聞こえた。はーい、と応えてリビングに行く。  黙々と、好物の空也の最中を齧り、お茶を啜っている俺をニコニコ眺めながら、ばあちゃんが言った。 「どう、お買い物楽しかった?」 「あ、うん、いいお店だった」 「たっちゃん、優しくていい子でしょ」 「うん、そうだね」  ベストを買ってもらったことを言っておいたほうがいいな、と思ったけれど、それを言うと、いざ着る時に何だかすごく気恥ずかしくなってしまう気がして、言えなかった。 「ちょっといいカレー屋さんでご馳走してもらっちゃった」  ちょいと盛ってごまかした。値段十分の一ぐらいなのに。 「そうお、申し訳ないわねぇ。じゃあ、今度またうちでご飯ご馳走しないとね」  また。たっちゃんさん、ばあちゃんちにまで来てるのか。  いわゆる良家で育ち、嫁ぎ先も医者の家系、筋金入りのお嬢様のばあちゃんが、あのタトゥーだらけのたっちゃんさんをここまで可愛がってるのが不思議だった。 「ばあちゃん、たっちゃんさんのこと怖くなかったの」 「実はね、最初は怖かったのよ。1年半くらい前かしらね、不動産屋さんから、うちの土地の隣の物件、新しいお店入りそうですよって言われて。気になって見に来たら、ちょうどたっちゃんが内見に来てたの。びっくりしたわよ、あぁんなに大きい人が、たくさん刺青入れてるから。おヤクザさんでも来るのかと思って気が気じゃなかったわよ」  そりゃまぁ、そうだろうな。俺もビビり倒したから。 「そしたらね、たっちゃんが『すみません、びっくりしましたよね』って。『こういう格好してるけど、ヤクザとかじゃないんです。ここでタトゥー屋さんやりたいと思ってて。すごく良い物件だから、多分決めると思います。でも、お嫌だったら別の所探しますから、今度詳しく店の事説明させてもらえませんか?』って。怖いなぁって思ってた人が、とっても丁寧な言葉で挨拶してくれたから、またびっくりしちゃった」  たっちゃんさんは後日、事業計画書を見せながら、こういう風にやっていきたい、資金の目途もちゃんとついている、等々説明したらしい。タトゥー入ってる人がお客さんとして来るけれど、絶対に反社の人は受け付けません、とも。 「おばあちゃん、たっちゃんのことすっかり好きになっちゃったの。お店開いてからも、いつも店の前を綺麗に掃除してるし、顔合わせたらニコニコ挨拶して世間話するし、重い荷物もさっと持ってくれるし」  別にたっちゃんさんの店はばあちゃんの土地に建っているわけではなく、しっかり説明までする義理はたぶんない、と思う。  自分がどう見られているか分かった上で、相手の気持ちを軽くするには、という所まで考えるという発想は俺にはない。他人からマイナスな印象を持たれたら、そいつとの交流は諦める一択だ。  でも勝手に熱くプラスの印象を持たれた時にも交流を諦めた結果、ここに居るんだけど。  風呂から上がって、たっちゃんさんにメッセージを送った。 “今日はありがとうございました。ばあちゃん、たっちゃんさんに家でご馳走しないとねって言ってました。あと、フェアアイルの件も、嬉しかったです。ちょっとやり方考えてみます” “どういたしまして!ていうか文章堅いよ…もっと親しも? おばーちゃんのご飯美味しいから楽しみ!編み物もね。めっちゃいいの編も”  まだ堅かったか。 “堅いかな。ばあちゃんから、良質なたっちゃんさん上げエピソードが投下されて、好感度は上がってます” “えっ嬉しい。おばーちゃんLOVE。 左胸に『TOKIE Forever』って彫ろうかな……“  市原時枝、ばあちゃんの名前。 “勝手に人のばあちゃんに永遠誓うな” “えーん怒られちゃった”  無意識にタメ口になり、頬が緩んでた自分に気が付いて、何となくもう返信やめよ、と思った。
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