30人が本棚に入れています
本棚に追加
一週間後、たっちゃんさんが手土産にケーキを持ってうちに来た。
「あらあら、レオがお世話になってるお礼にご馳走しようと思ったのに、かえって気を使わせちゃって」
「いいのいいの、俺が食べたかっただけだから」
たっちゃんさんは、やっぱりちゃんと大人だった。
ばあちゃんが作った唐揚げ・エビフライ・グラタンを平らげ、俺が「もうギブ」と半分残したグラタンも、えそれ貰っていい?と食べきった。
「たっちゃんいつも食べっぷりがいいから作り甲斐あるわぁ」
「おばーちゃんの料理何でもおいしいからさぁ、食べすぎちゃうよねー」
俺よりよっぽどいい孫している。
「お風呂あがったら、デザートにケーキいただきましょうか」
たっちゃんさんは「オッケー」と言いながら二階に上がり、自分の下着と寝間着を持ってきた。これ、めちゃくちゃ頻繁に来てる人の行動だ。
「たっちゃんさん、うちに服置いてるの……?」
「うん、おばーちゃんが二階の部屋使っていいよって言ってくれたから。あっ、ごめんごめんレオが一番風呂だよね!お先どうぞ」
何だか俺が客みたいな気分になってきた。
ケーキを食べた後、ばあちゃんは早々と寝て、俺とたっちゃんさんだけになった。
「ねー、レオの部屋見たいよ」
と言うので、渋々俺の部屋に招き入れた。入るなり部屋の真ん中にどっかり座られて、うわぁこれは長くなるな……と覚悟した。
「わぁ、本いっぱいあるね。本棚見ていいの」
「はぁどうぞ」
へえーと言いながら端から見ていく。
「これ、どうしたの」
たっちゃんさんは、『萩・下関・門司』のガイドブックを指差して言った。
「ああ、下関行きたくて」
たっちゃんさんが、その表紙を見て黙り込む。
「何、ですか」
「……レオはさ、どうして行きたいなって、思った?」
妙に真面目なトーンだ。俺からはその表情が見えない。
「いや、下関に、毛糸の工房あって、作品買えるみたいだし行ってみたいなー、とか思って」
また、沈黙が少し続いた。たっちゃんさんがこっちを振り返ったその顔は、微笑んでいた。
「ね、俺も一緒に行きたい」
「えー……や、まぁ、ダメじゃないけど、毛糸興味無いですよね」
「いや、前からさ、行きたいって思ってたんだよね……関門海峡を渡りたくて」
よく分からない理由だ。関門海峡ってそんなに引きがあるんだ。俺は、毛糸のことしか考えていなかったからよく分からない。
「何で関門海峡?」
「何か、良くない?自分の足で海渡るって、ロマンじゃない?」
自分の足で、という言葉に引っ掛かった。関門橋に、歩道でもあるんだろうか。海の照り返しで全身照り焼きみたいになりそうだ。たっちゃんさんが、ここ、と言って開いたページには、出口の見えない明るいトンネルの写真が載っていた。海上の関門橋とは別に、海底に歩いて渡れる「関門トンネル人道」というものがあるらしい。
その歩道の色は、パキっとした黄色。
唐突だけど、悪い話じゃない。せっかく遠くまで行くんだから、あの工房の毛糸がどんな美しさなのか、俺も知りたい。たっちゃんさんならその点、心配は無い。
「じゃ、旅行行っても気まずくないくらい仲良くなったら、声掛けます」
「レオ、今気まずいと思ってんだね。正直で助かるよ」
たっちゃんさんはガイドブックを棚に戻しながら、隣のスクラップブックに目をやった。
うわ、見つかった、と思った。
「これは何?」
「今まで編んだ作品の写真をスクラップしたやつ見たけりゃどうぞ」
目を逸らして一気に言った。見られりゃ恥ずかしいが見ては欲しい、これは物を作る素人の性なんじゃないだろうか。
たっちゃんさんはペラ、ペラとめくって、うそっ、と言った。
「ねぇ、これ……凄くない?このフェニックスの刺繍してあるセーター、レオが編んだの?」
「あ、はぁ、スカジャンぽくしたくて」
「てことは自分で柄も考えて、刺繍までやったってこと?」
「そう、ですね」
「凄いな……めちゃくちゃ絵上手いじゃん」
「美術部、入ってたんで」
「そもそも、スクラップの仕方もさ、これ何、海外の雑誌の切り抜きとか使ってそうな……」
「いや、普通にファッション誌の広告ページとか、スーパーのチラシでコラージュ」
「えー! スーパーのチラシでこんなん、あでも確かにフルーツとかそんな感じだ。うわうわ、センスあんなこれは」
これ以上はやめてくれ。ニヤケが止まらない。褒められると無条件で心を許しそうになる。これもまた物を作る素人の性なり。
最初のコメントを投稿しよう!