第2章「中野ブロードウェイ」

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 一週間後、たっちゃんさんが手土産にケーキを持ってうちに来た。 「あらあら、レオがお世話になってるお礼にご馳走しようと思ったのに、かえって気を使わせちゃって」 「いいのいいの、俺が食べたかっただけだから」  たっちゃんさんは、やっぱりちゃんと大人だった。  ばあちゃんが作った唐揚げ・エビフライ・グラタンを平らげ、俺が「もうギブ」と半分残したグラタンも、えそれ貰っていい?と食べきった。 「たっちゃんいつも食べっぷりがいいから作り甲斐あるわぁ」 「おばーちゃんの料理何でもおいしいからさぁ、食べすぎちゃうよねー」  俺よりよっぽどいい孫している。 「お風呂あがったら、デザートにケーキいただきましょうか」  たっちゃんさんは「オッケー」と言いながら二階に上がり、自分の下着と寝間着を持ってきた。これ、めちゃくちゃ頻繁に来てる人の行動だ。 「たっちゃんさん、うちに服置いてるの……?」 「うん、おばーちゃんが二階の部屋使っていいよって言ってくれたから。あっ、ごめんごめんレオが一番風呂だよね!お先どうぞ」  何だか俺が客みたいな気分になってきた。  ケーキを食べた後、ばあちゃんは早々と寝て、俺とたっちゃんさんだけになった。 「ねー、レオの部屋見たいよ」  と言うので、渋々俺の部屋に招き入れた。入るなり部屋の真ん中にどっかり座られて、うわぁこれは長くなるな……と覚悟した。 「わぁ、本いっぱいあるね。本棚見ていいの」 「はぁどうぞ」  へえーと言いながら端から見ていく。 「これ、どうしたの」  たっちゃんさんは、『萩・下関・門司』のガイドブックを指差して言った。 「ああ、下関行きたくて」  たっちゃんさんが、その表紙を見て黙り込む。 「何、ですか」 「……レオはさ、どうして行きたいなって、思った?」  妙に真面目なトーンだ。俺からはその表情が見えない。 「いや、下関に、毛糸の工房あって、作品買えるみたいだし行ってみたいなー、とか思って」  また、沈黙が少し続いた。たっちゃんさんがこっちを振り返ったその顔は、微笑んでいた。 「ね、俺も一緒に行きたい」 「えー……や、まぁ、ダメじゃないけど、毛糸興味無いですよね」 「いや、前からさ、行きたいって思ってたんだよね……関門海峡を渡りたくて」  よく分からない理由だ。関門海峡ってそんなに引きがあるんだ。俺は、毛糸のことしか考えていなかったからよく分からない。 「何で関門海峡?」 「何か、良くない?自分の足で海渡るって、ロマンじゃない?」  自分の足で、という言葉に引っ掛かった。関門橋に、歩道でもあるんだろうか。海の照り返しで全身照り焼きみたいになりそうだ。たっちゃんさんが、ここ、と言って開いたページには、出口の見えない明るいトンネルの写真が載っていた。海上の関門橋とは別に、海底に歩いて渡れる「関門トンネル人道」というものがあるらしい。  その歩道の色は、パキっとした黄色。  唐突だけど、悪い話じゃない。せっかく遠くまで行くんだから、あの工房の毛糸がどんな美しさなのか、俺も知りたい。たっちゃんさんならその点、心配は無い。 「じゃ、旅行行っても気まずくないくらい仲良くなったら、声掛けます」 「レオ、今気まずいと思ってんだね。正直で助かるよ」  たっちゃんさんはガイドブックを棚に戻しながら、隣のスクラップブックに目をやった。  うわ、見つかった、と思った。 「これは何?」 「今まで編んだ作品の写真をスクラップしたやつ見たけりゃどうぞ」  目を逸らして一気に言った。見られりゃ恥ずかしいが見ては欲しい、これは物を作る素人の性なんじゃないだろうか。  たっちゃんさんはペラ、ペラとめくって、うそっ、と言った。 「ねぇ、これ……凄くない?このフェニックスの刺繍してあるセーター、レオが編んだの?」 「あ、はぁ、スカジャンぽくしたくて」 「てことは自分で柄も考えて、刺繍までやったってこと?」 「そう、ですね」 「凄いな……めちゃくちゃ絵上手いじゃん」 「美術部、入ってたんで」 「そもそも、スクラップの仕方もさ、これ何、海外の雑誌の切り抜きとか使ってそうな……」 「いや、普通にファッション誌の広告ページとか、スーパーのチラシでコラージュ」 「えー! スーパーのチラシでこんなん、あでも確かにフルーツとかそんな感じだ。うわうわ、センスあんなこれは」  これ以上はやめてくれ。ニヤケが止まらない。褒められると無条件で心を許しそうになる。これもまた物を作る素人の性なり。
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