26 勘違いでした

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26 勘違いでした

 テオドール様に会いたくても、テオドール様が今、どこにいるのかわかりません。自室にいるのか、それとも医療施設にいるのか。とにかく誰かに聞かないと!  私は一度、自室に戻ることにしました。私の部屋なら近くにメイドが控えている可能性が高いです。  あわてる私は廊下の曲がり角で人にぶつかってしまいました。  驚き見上げるとぶつかった人は、まさかのテオドール様です。 「テオドール様!」 「……シンシア様」  テオドール様の赤い瞳が大きく見開き、私を見つめています。 「ケガは!? 昨晩、刺されたと聞きました!」  私はテオドール様の身体をペタペタとさわりました。 「どこを刺されたのですか!? 歩いて大丈夫なのですか?」  必死になって尋ねると、テオドール様は片手で顔を覆いそらします。 「あっ」  そうでした。テオドール様には他に好きな女性がいるのでした。お相手のメイドの反応を見る限り、テオドール様の片思いの可能性も出てきましたが……。それでも、私に心配されたら迷惑ですよね。 「ご、ごめんなさい」  私がテオドール様から距離を取ると、顔をそらしたテオドール様からは小さな声が返ってきました。 「――じゃない、です」 「え?」  聞き返すと、今度は「大丈夫じゃないです」とはっきり聞こえます。 「あなたに誤解されて、このまま距離を取られるくらいなら、私は死んでしまいたい……」  そらされていた顔が私に向けられて、赤い瞳がまっすぐ私を見つめています。テオドール様の表情はとても苦しそうです。 「私が夜中に会っていたメイドは王女殿下の元護衛です。王女殿下に私を殺すように命じられて――」 「はぁ!?」  予想外の言葉に私はテオドール様の話をさえぎってしまいました。 「そ、それで、その元護衛に刺されたんですか!?」 「いえ、それとこれとは別件です」  もう何がなんだかわかりません。でも、廊下で話すような内容ではないことだけは理解しました。 「テオドール様、とにかく私の部屋へ。一人で歩けますか?」 「歩ける……いえ、歩けません」 「じゃあ、誰か呼んで――」 「そこまでではないので、手を。シンシア様の手を貸してください」 「わかりました」  私はテオドール様の手を握りました。テオドール様の頬が赤く染まります。やっぱり具合が悪いんですね。 「とにかく私の部屋へ」  テオドール様を部屋に招き入れると、メイドには出て行ってもらい、ソファーに座ってもらいました。  繋いでいた手を離そうとしてもしっかりと握られていて離せません。私は戸惑いながらも。テオドール様の隣に座りました。 「お話のつづきを聞かせていただけますか?」 「はい」  テオドール様の話によれば、王女殿下の元護衛はカゲというらしいです。カゲは、王女殿下にテオドール様の暗殺を命じられたけど、それには従わず今はバルゴア領でメイドをしながらテオドール様の護衛をしているとのこと。  それを聞いて私はホッと胸をなでおろしました。 「では、テオドール様は命を狙われていないんですね?」 「はい。でも、それよりも重要なのは私とメイドはただの元同僚で、それ以上の関係も感情もいっさいないということです!」  そう言うテオドール様の顔は真剣そのものです。  いつの間にか繋いでいた手は、テオドール様の両手に包まれています。 「あなたに助けてもらったあの瞬間から、あなたに魅かれていました。人を好きになるということがどういうことなのか分からないまま、気持ちだけがどんどんと大きくなっていき、気がつけば何をしてでもあなたの側にいたいと願うようになっていたのです」 「それって……」 「愛しています。私が愛しているのはシンシア様です」  あまりの急展開に頭がついていきません。  えっと、テオドール様の本命はメイドじゃなくて、私だったということで良いのでしょうか?  そんなに私に都合の良いことが起こりますか?  昨晩、失恋したと思ってテオドール様への思いを断とうと決めたのに、今は真逆なことが起こっています。 「あの」  何を言えばいいのかわからず困っていると、私の手をつかんでいたテオドール様の手に力がこもりました。 「私では、ダメですか?」 「あ、その」  え? これ、現実ですか? 私、夢を見ているんじゃ……。 「シンシア様」  私の名前を呼んだテオドール様の声は、いつもと違いどこか暗い響きを含んでいるような気がしました。  急に端正な顔をグッと近づけられたので、私はさらに混乱します。 「こんなことを言うのは卑怯ですが、あなたのご両親の許可はすでに取っています。リオ様だってセレナ様だって賛成してくれています。私達の婚約は、皆に歓迎されているのです。私をバルゴア領に取り込むと利益があるというのは、シンシア様も認めてくださいますよね?」  私がコクリとうなずくと、テオドール様は「よし」と言いながら小さくうなずきました。 「シンシア様が私を助けてくださいました。そして、バルゴアまで連れてきてくださった。助けたのなら、最後まで責任を取るべきではないでしょうか?」 「せ、責任、ですか?」 「はい。この国には保護責任者遺棄(ほごせきにんしゃいき)罪があります。私はシンシア様がいないと生命の危機があり、かなり危ない状態になってしまうので広義で考えると適応されるのではないかと思うのです」  なんだか、話が難しくて余計にわからなくなってきました。 「えっと、ようするに、私とテオドール様が婚約すれば、皆幸せってことですか?」 「そうです!」  皆の幸せ……。テオドール様は、バルゴア領の皆のために私と婚約しようとしてくださっているのですね。そこまでバルゴア領のことを考えてもらえてとても嬉しいですが、なんだか複雑な気分です。  私はテオドール様から視線をそらしました。 「私は昨日、テオドール様が別の人を好きだと勘違いしてしまってすごく悲しかったです。たくさん泣きました……。だから、そのとき、もっとしっかりした女性になってテオドール様やレックス殿下を見返してやろうと決心したんです」  そう、今の私では優秀なテオドール様と釣り合っていません。レックス殿下の言う通り、出世の役にたつくらいの価値しかないのです。 「今の私がテオドール様にふさわしいなんて思っていません。でも、今日、私すっごく頑張ったんです! これからも頑張ってお母様やセレナお姉様みたいな素敵な女性になってみせます。だから――」  私はテオドール様の手を両手で包み込みました。 「その婚約お受けします。そして、いつかきっと、皆のための婚約じゃなくて、テオドール様の幸せのために『私を選んで良かった』と思ってもらえるように頑張ります!」  テオドール様に優しく抱きしめられました。  私の耳元で「私の言い方が悪かったせいで誤解が……」と聞こえます。 「シンシア様、愛しています。あなたがいないと生きていけない」 「わ、私もテオドール様が大好きですよ」 「あなたに出会う前、どうやって生きていたのか、もうわからないのです」 「私だって、昨日は失恋したと思って、すごく悲しかったんですから」  クスッと微笑んだテオドール様は、「この思いの差が少しずつ縮まるように、これから努力します」とささやきました。 「今はただ、あなたとの婚約が成立した幸せを噛みしめさせてください」  テオドール様の手が私の頬にふれました。ゆっくりと顔が近づいてきます。  唇がふれるかふれないかくらいでしたか、私達は初めてキスをしました。  見つめ合い微笑み合います。こんなに幸せそうに笑うテオドール様を見たのは初めてでした。
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