01 田舎者が王都にやってきました

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01 田舎者が王都にやってきました

「シンシア様、それでは失礼いたします」  私に礼儀正しく頭を下げてからメイド達は部屋から出ていきます。  さすが王都で暮らすターチェ伯爵夫妻に仕えるメイド達。みなさん、とても上品で親切丁寧です。 「バルゴア領とは大違いだわ……」  私が生まれ育ったバルゴア領は、領民より馬や羊、牛のほうが多いんじゃない?と思ってしまうようなど田舎です。  常に戦に備えるかなんだかで、建物は全体的にゴツゴツして、人も衣服もこんなに洗練されていません。  まぁ、それが気楽で良いといえば良いんですが。  なんというか……。あそこは田舎すぎるのです。  王都から遠く離れ国境付近にあるバルゴア領。夏は朝早くからセミが鳴き、夜はカエルの大合唱になります。  太陽が落ちると辺りは真っ暗になってしまい、あとはもう寝るだけ。  楽しみなんて何もありません。  だから、私は王都から本を取り寄せて読むことだけを楽しみにしていました。  流行りのドレスカタログにうっとりしたり、王都で流行っている恋愛小説を読んだりするときだけ私の心はときめきます。  そんな田舎者の私が、なんと今、社交界デビューするために王都にやってきているのです。まるで夢を見ているようで、ずっとどきどきしてしまっています。  どうして私がターチェ伯爵夫妻にお世話になっているかというと、ターチェ伯爵夫人が私の母の妹、ようするに叔母(おば)なのです。 「叔母様もすごく綺麗な方だったわ」  鮮やかなドレスを着こなす姿は洗練された大人の女性です。でも、私の母や私と同じで金髪に紫色の瞳なので、叔母様とは初対面なのに、なんだか親しみを感じます。  今着ている薄紫色のドレスは、叔母様が私にプレゼントしてくれました。こんな綺麗で繊細な作りのドレス、バルゴア領では買えません。  私はきょろきょろと辺りを見回して、メイドが全員出ていったことを確認すると、急いで全身鏡の前に立ちました。鏡にはまるでお姫様のように着飾った私が映っています。 「わぁ、すごいすごーい!」  くるっと回るとスカートがふわりと広がります。 「こんなに素敵なドレス初めて着たわ!」  ドレスの生地はとても肌触りがいいし、デザインも子どもっぽすぎず、かといって大人なわけでもなく、なんというか、そう、ちょうどいい!  髪だってとってもかわいくしてもらえました。メイドが編んだりまとめたりしてくれた髪は、もうどうなっているのかわかりません。でも素敵です。  このお花をかたどった髪飾りは、ターチェ伯爵の叔父様がくれたものです。 「叔父様までセンスが良いなんて! やっぱり王都に住む人達はぜんぜん違う」  私の父なんて、王都に向かう前に「王都は危ないから」と言って護身用に短剣をくれました。兄なんて「お守りだ」と言って謎の木彫りをくれました。  両方いちおう持って来ましたけど……こんなのもらって喜ぶ女性はいるのでしょうか? 私は少しも嬉しくなかったです。  コンコンッと部屋の扉がノックされました。私はあわてて鏡の前から離れます。 「ど、どうぞ」  声をかけると、深緑色のドレスを着た叔母様が現れました。 「わぁ……綺麗」  叔母様はクスッと笑います。 「もうこの子ったら、本当にかわいいんだから。あなたもとても綺麗よ、シンシア」 「あ、えっと、ありがとうございます」  叔母様は、たくさん私を褒めてくれます。たぶん初めての王都で緊張している私を励ましてくれているのでしょうね。 「シンシア、今日は私の夫があなたのエスコートをするわ」 「叔父様が!? 叔母様、いいのですか?」 「もちろんよ、可愛い姪(めい)のためだもの」  男性にエスコートされるなんて、なんだか本当にお姫様になったみたいです。  叔母様が「あなた」と扉のほうに声をかけると、正装した叔父様が入ってきました。  にっこりと優しく微笑んだ叔父様は、「シンシア嬢、お手をふれても?」と聞いてくれます。  戸惑う私に叔母様が「黙って右手を出しなさい」と耳打ちしました。  おずおずと私が右手をだすと、叔父様はその手を優しく取って手の甲にキスをするふりをしてくれます。 「さぁ、行きましょう。お姫様」 「は、はい!」  叔父様にエスコートされている私は、もう心臓がバグバグいっているし、足元はフラフラしているしで大変です。  なんとか馬車までたどり着き、三人で乗り込みました。  馬車の扉が閉められ、ゆっくりと馬車が動きます。窓から見える景色を眺めながら私はこれからのことを考えていました。  社交界シーズンを迎えた王都では、きらびやかな夜会があちらこちらで開催されています。  その夜会で年頃になった貴族の令息・令嬢たちは、結婚相手を探すわけで。  結婚適齢期になった私も社交界デビューをかねて、バルゴア領から王都に結婚相手を探しに来ました。  父も兄も同じように王都で結婚相手を見つけてバルゴア領に帰ってきました。でも、私と結婚したい人なんているのでしょうか?  しかも、こんなに住みやすい王都を離れて、ど田舎のバルゴア領まで来てくれる貴族の男性がいるとは思えません。  せわしなく自分の金髪をさわっている私に叔母様が眉をひそめます。 「少し落ち着きなさい、シンシア」 「すみません。緊張してしまって……」  叔母様と叔父様は顔を見合わせています。 「お兄さんのリオくんとシンシアさんは、少しも似ていないね」 「本当に。リオなんて堂々としすぎていて、逆にこっちが驚いたんだから」  いつでもマイペースな兄の姿が頭をよぎります。 「お兄様は、いろいろと鈍(にぶ)いのです」  私の言葉に二人は「ああ」と納得したような顔をします。お兄様は王都でもいつもどおり過ごしたようです。  叔父様が「バルゴア辺境伯が、シンシアさんのことを心配していた気持ちが少しわかるよ」と言いました。その言葉に私のほほは熱くなります。  過保護な父が初めて王都に行く私を心配して、たくさんの護衛をつけたのです。  そのあまりの護衛の多さに叔母夫婦は、私たちが王都に着いたとき、あんぐりと口を開けていました。  私はやめてって言ったのに……過保護なお父様が、どうしてもゆずってくれなくて……本当に恥ずかしいです。  そんな話をしているうちに、馬車がお城にたどり着きました。 「わぁ……すごい」  真っ白なお城の城壁は低く、こんなの敵に攻められ放題です。王都のお城は戦うためのお城じゃないって本当だったのですね。  城内は、どこもかしこも絵画のように美しくて見惚れてしまいます。  叔母様に小声で「シンシア、口を閉じなさい」と注意されたので、私はあわてて口を閉じました。私をエスコートしてくれている叔父様は優しく微笑んでいます。  王都の男性は、皆こんなに穏やかなのでしょうか?  王都にくわしい叔父様と叔母様がいてくれなければ、きっと私は夜会にまともに参加することもできなかったはず。初めての王都でも恥をかかずにいられるのは、すべてお二人のおかげなのです。  夜会会場に入ると、そこには物語の世界が広がっていました。  頭上を見れば、まるで星々が輝くようにシャンデリアがきらめいています。ホールの中心で踊る男女は、皆、同じ動きをしていて面白いです。 「うちの夜会とぜんぜん違う……」  バルゴア領での夜会は、騎士や農民たちが集まり、おいしいものを食べたりお酒をたくさんのんで騒いだりします。踊りもしますが、音楽に合わせて好き勝手踊るだけです。  だから、王都に来るまでに、私は必死に淑女教育を受けてきました。そのおかげで、王都でのマナーやダンスは問題ないと思うのですが……。  なんだか周囲の人たちが、こちらを見ているような気がします。もしかすると、田舎者だとばれて笑われているのかもしれません。 「お、叔母様、私、浮いてませんか?」  私はこの素敵なドレスをちゃんと着こなせているのでしょうか?  叔母様は「あら、そのドレス、気に入らなかった?」ととんでもない勘違いをしています。 「いえ! このドレス、大好きです!」  叔母様は、少しほつれた私の金髪を耳にかけてくれます。 「シンシア、堂々としていなさい。あなたは私の自慢の姪(めい)よ」  叔母様の言葉で、私の胸はじんわりと温かくなりました。 「ありがとうございます、叔母様。でも、すごく見られていて……」  周囲の視線におびえる私に叔母様は「あら」と少し驚いたようです。 「シンシアってば、まだ王都での自身の価値がわかっていないのね。あれは、あなたに話しかける機会を窺(うかが)っているのよ」 「えっ!?」  叔母様はパッと扇を広げると、私の耳元でそっとささやきます。 「バルゴア辺境伯の娘であるあなたが今日の夜会に来ることは、ほとんどの貴族が知っているわ。バルゴア領は豊かだし、この国の軍事の要(かなめ)で国王陛下も一目おいてらっしゃるから、お近づきになりたい人が多いのよ」 「あそこは、ただの田舎ですけど!?」  王都ではバルゴア領への誤解があるようです。  私はずっと不安だったことを叔母様に聞いてみました。 「叔母様……あんなど田舎で育った私と結婚したいと思ってくれる人なんているのでしょうか」 「何を言っているのよ! あなたの兄リオが社交界に来たときなんて、そのたくましさにうっとりみとれるご令嬢が続出。リオと話したくて令嬢たちの大行列ができたくらいなのよ!?」 「あ、あのクマのような兄に!?」  兄のリオは、何が楽しいのか毎日剣を振っています。  朝はバルゴア領の騎士たちと早朝訓練。夜は一人で夜間訓練。  昼間は、辺境伯である父の仕事を手伝っているらしいですが、この前、あきれ顔の父に「リオ。お前、領地経営に向いてないわぁ」と言われた兄が「だよなぁ」と笑顔で返していたところを見てしまいました。  さすがにバルゴア領の未来が不安です。  そんな感じで、頭を使うのが少し苦手な兄ですが、なんとお嫁さんはとんでもなく美人なのです。  なんでも社交界で出会ってお互いに一目ぼれしたそうなのですが、とてもじゃないけど信じられません。もう華奢で上品でお優しくって!   元は伯爵家の方なのですが、どこからどう見ても本当のお姫様です。  私がそんな兄嫁様に「どうして、こんなむさい兄の元に来てくださったのですか?」と聞いたときも、白い頬をピンク色に染めて「私は、リオ様ほど素敵な方に会ったことがありませんわ」とか言ってくれるような方なのです。本当にあこがれてしまいます。  私が素敵な兄嫁様との思い出にひたっていると、叔母様に「こら、シンシア! ぼうっとしない!」と怒られてしまいました。そういえば、夜会に参加中でした。 「シンシア、社交界は戦場なのよ」 「せ、戦場」  私はゴクリと生つばを飲み込みます。  たしか私が大好きな恋愛小説にもそんなことが書いてありました。  ヒロインが夜会でぼんやりしていると、ライバルの令嬢が『あ~ら、ごめんなさぁい』とか言ってワインを頭からぶっかけるのです。  他には、いきなり頬をぶたれて『アンタなんか〇〇様に不釣り合いよ!』とか言われるシーンもありました。  ……王都、こわい。  あ、でも、これは小説のお話です。現実と混ぜてはいけません。  私がしっかりしようと頭を左右に振ると、叔母様はクスリと微笑みました。 「大丈夫よ、シンシア。そんなに怖がらなくてもいいわ。だって、ここでのあなたは選ばれる側じゃない。選ぶ側の人間なの」 「は、はぁ……?」  それって私が選んだら誰とでも結婚できるということでしょうか?  そんなまさか……。でも叔母様はウソをつくような方ではないですし。  だったら、例えば、あそこにいるとんでもなく私好みの黒髪美青年とも結婚できる?  私の視線に気がついたのか、黒髪の美青年が小さく会釈してくれました。瞳がルビーのように美しく、つい見とれてしまいます。でも、その綺麗な顔は疲れ切っていて、目元にはくままでできているような?  なんだか、顔色も悪いです。黒髪美青年は体調が良くないのでしょうか?  『大丈夫ですか?』と声をかけようか悩んでいると、叔母様が私の腕を引っ張りました。 「シンシア、あの方はダメ」 「え? で、でもさっき私は選べる側だって?」 「選べるといっても、婚約者がいる相手はダメよ」 「婚約者……」  それはその通りです。私を連れてその場から離れた叔母様は、小声で説明してくれました。 「あの黒髪の方は、ベイリー公爵令息のテオドール様よ。この国の王女殿下と婚約されているわ」 「王女殿下の婚約者様!」  私ったらとんでもない方に声をかけようとしていたようです。あぶない、あぶない。 「そして、あそこにいらっしゃるのが王女殿下よ」  叔母様の視線の先を追うと、真っ赤な髪の美しい女性がいました。 「あれが王女殿下……」  これぞ本物のお姫様です。 「でも、あれ?」  なぜだか王女殿下の周りに、妙に親しそうな銀髪の青年がいます。王女殿下と銀髪青年は微笑みあい、身体を寄せ合っています。 「叔母様、あの方は?」  私の質問に叔母様は、いやぁな顔をしました。もちろん、洗練された淑女なので、その顔は扇で隠していて私にしか見えていません。 「あれは、テオドール様の弟よ」 「……え? でも、王女殿下とすごく親しそうですよ?」  その間にも、銀髪青年は王女殿下の右頬に口づけをしました。その行動を王女殿下は咎(とが)めることもなく、頬を赤く染めています。  それを叔母様は、冷めた瞳で見ていました。 「だから浮気よ、浮気。王女殿下は婚約者のテオドール様より、弟のクルト様のほうを気に入っているの。そのせいで、テオドール様につらく当たっているそうよ」 「は? え? どうして、浮気をした王女殿下がテオドール様につらく当たるのですか?」  まったく意味がわかりません。叔母様も「ほんとにね」とあきれています。 「弟とはいえあんなのに好き勝手やらせるなんて。テオドール様も、二人の父であるベイリー公爵もいったい何を考えているのやら……」  そこで私は、ふと読んでいた恋愛小説を思い出しました。  私が大好きな小説のひとつに『悪役令嬢もの』というジャンルがあります。  元はヒロインをイジメる悪役のことをさす言葉だったのですが、その悪役令嬢が破滅回避のために頑張る物語がとても面白いのです!  そして、今のテオドール様の状況は『悪役令嬢もの』にそっくり!  あ、でも、テオドール様は、令嬢ではなく令息なので『悪役令息』ですね。  そんなことを考えていると、夜会会場が急に騒がしくなりました。  『何事?』と叔母様と顔を見合わせていると、女性の大声がここまで聞こえてきます。 「テオドール=ベイリー! 今この場で、お前との婚約を破棄するわ!」  え? ま、まさかこのセリフは?
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