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第1話
両親が離婚して、施設で育った幸太郎は、自然と人の目を気にして良い人を演じるようになっていた。
人に嫌と言えない性格の為か、周りからホテルマンが向いていると言わてその気になった。
Hホテルの面接を受けたところ内定をもらい就職出来た。
就職して数年が過ぎ仕事にも環境にも慣れた頃、Hホテルの元同僚である片岡から連絡がきて駅前の喫茶店で会う事になった。
「店を持つのが夢だったんだ。資金が少し足りなくて、保証人になってくれないか?」
「はあ、でも」
「お前しか頼める奴いないんだよ」
「俺、返済していく力なんてないんで、しっかり返して下さいね」
「勿論だ。成功したら、お礼するからな」
片岡に頭を下げられて、頼まれると断る事が出来ない幸太郎は連帯保証人となってしまう。
片岡はHホテルの先輩だったが、幸太郎が働き始めて一年で退職している。
本当は片岡の事など友人とも思っていないし、保証人になりたくもない。
その片岡が突然いなくなり連絡が取れなくなったと、ヤクザに脅されるようになる。
こうしてホテルの仕事とは別に掛け持ちで、日雇いのバイトをして借金を返す日々が始まった。
「どうして俺が片岡のせいで、こんな目に遭わなければいけないんだ」
幸太郎は片岡の事を憎み、片岡の頼みを断れないような人間にした両親を恨むようになった。
そんな幸太郎を周りの人間は、お人好しを通り越して愚か者だと眉を潜めて見ていた。
仕事と周りからの冷たい視線に、身も心も疲れきっていく。
ある日、無理が祟って日雇いのバイト先で倒れてしまう。
病院に運ばれたが、治療の甲斐もなく過労死した幸太郎は、あの世で神様に出会った。
◇◆◇
足元がふわふわして周りが暗い部屋の中、仙人のように白髪で長い髭をはやした神様とその周辺だけが明るく光って見えた。
「ワシが、そなた達が言うところの神と呼ばれる存在じゃ。さて、そなた本当に余計な事をしてくれたのう」
いきなりの失礼な会話に幸太郎は耳を疑った。
「俺、いえ、私が何をしたと言うのですか?」
「そなた、借金した友人の肩代わりをして過労死しただろう。実際にはそなたの友人の片岡と言う男が死ぬ予定だったのだ」
「友人なんかじゃありません」
自分の中で溜まっていた鬱憤を晴らすように言葉が衝いて出た。
「友人じゃない?そなたが勝手に借金の保証人になった事で、死の収支報告書が合わなくて困っているのだぞ」
神様にグチグチと文句を言われて、幸太郎もイライラしてきた。
「地球に戻す事は出来ないから、異世界に転生してもらおう」
「そんなバカなっ」
神様の冷たい言葉に幸太郎は言葉をなくす。
「通常は地球からの転生者には能力を与えて転生してもらうんだが、今回は君のミスなので能力無しで転生してもらう」
「異世界の人間は特別な能力を持っているんじゃないんですか!」
保証人になって借金を返そうとした事を幸太郎のミスだと言われて、つい声を荒げてしまった。
「ふんっ、生意気な奴め。確かに地球人とは違って異世界人は魔法が使えるぞ」
「俺も異世界人として生まれ変わるなら、魔法を使えるようにしてくれ」
「┅┅」
「本当は片岡が死ぬ筈だったのに、間違えて俺を死なせた責任があるんじゃないのか」
いつもは言いたい事も言えない幸太郎が、霊魂となったせいなのか気持ちをスムーズに口に出せていた。
「むむむ、今渡せる能力はないから、魔法道具を届けさせよう。地球の電話に近い魔法道具だ。異世界にはない物だ」
「ちょっと、まっ」
次の瞬間、クルリと世界が反転した。
◇◆◇
「また男か」
父親は農耕を営み母は内職で服を直していたが、いつも生活はギリギリの貧乏なカルヴェズ家の五男に生まれた。
名前はアンリ。
母親譲りの艶々のシルバーの髪に、くっきりとした二重で大きな青い瞳を持って生まれた。
五人兄弟の中でも飛び抜けて美しい子だと、貧しいながらも両親から可愛がられて育った。
この世界では10歳の時に教会で能力を確認してもらい魔法が使えるようになって一人前と認められる。
ハキハキと受け答えをして利発そうな顔のアンリは、立派な能力が授かるのではないかと家族から期待されて育った。
そんなアンリが、明日教会で10歳の誕生日を迎えて、授かった魔法を確認してもらえる待ちに待った日がやってきた。
◇◆◇
砂漠と海に囲まれるサンドラ王国が信仰するのは水の神アレトゥーサで、狩りの女神アルテミスの守護を受けていると言われている。
教会で能力を確認した際に喜ばれる能力は、アレトゥーサの水魔法や氷の魔法だと言われている。
「次はカルヴェズ家の五男アンリの授かった魔法を確認しよう」
司祭が六角星の魔石をアンリの額に当てて、能力の確認をした。
「これは┅┅まことに残念です。能力が啓示されませんでした。大変、残念です」
「そんな何の能力もないって事ですか」
父の悲鳴のような声が教会の中に響いた。
その時、司祭の手の中のペンダントの六角星が光輝き頭上の空間から、いくつもの電話機に似た道具が落とされた。
「どう使う物なのか分かりませんが、能力のないご子息に神が与えたもうた魔法道具でしょう」
前世の記憶も神様と会った場面も覚えているアンリは、それが電話機と同じ機能の魔法道具だと分かった。
魔法道具は一度教会で危険がない事を確認して、その後アンリに全て手渡される事になった。
「ありがとうございます」
アンリは司祭にお礼を言って、家族の元に駆け寄った。
「まさか何の能力もないとは。見た目だけ綺麗でも、何の役にも立たない」
父親はアンリと目を合わせようともしなかった。
「五男だから早めに仕事をさせて、家から追い出しましょう」
いつも優しい母親から思いもよらない言葉を聞かされた。
「僕に能力がないからですか?」
「┅┅」
アンリの質問に、両親は何も答えてくれなかった。
◇◆◇
誕生日の翌朝、アンリが起きて朝食のテーブルに向かうと既に家族は食事をしていた。
「おはようございます」
アンリの挨拶に父も母も兄達も応えようとしなかった。
「お母さん、僕の朝食は」
アンリがいつも座る席に、朝食の用意がされていなかった。
「あんたも教会での儀式を終えたんだから、自分の食事は自分で用意しなさい」
父と兄達の朝食は作っているのに、自分で用意しろと言われてアンリは悲しい気持ちになった。
「じゃあ、パン粥でも作って食べます」
「家の食材を使うなら、金を稼いでこい」
父の厳しい言葉が、アンリの胸に突き刺さった。
「ヨハン兄さん達も、まだお金を稼いでいませんよ」
アンリの上の兄二人は、まだ働いていなかった。
「ヨハン達をお前と一緒にするな」
父の冷たい視線と言葉に、アンリは凍りつき何も言えなくなった。
母も兄も誰もアンリを庇ってくれなかった。
◇◆◇
翌日からアンリは街で仕事を探した。
「僕に出来る仕事はありませんか」
店があれば片っ端から入り、仕事がないか聞いて歩いた。
「魔法は使えるのかい」
仕事を決める時の決まり文句らしい。
「使えません」
「使えるようになってから、また来てくれ」
魔法の能力を与えられなかったアンリには、なかなか仕事が見つからなかった。
荷台を引く人がいれば、黙って後ろから押すのを手伝った。
「おお、ありがとう。お礼にこれを持っていってくれ」
荷台の果物をくれる人もいた。
「僕に出来る仕事はありませんか」
「この食材を届けるのが宿なんだが、従業員を探していたな」
「本当ですか。紹介して頂けませんか?」
「宿まで連れていく事は出来るけど、仕事をもらえる保証はないよ」
「構いません。連れていってもらえませんか」
「分かった。一緒に行こう」
「はい」
アンリは荷台の後ろを押して付いていく事にした。
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