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第2話
「ここが話してた宿だよ。荷物を持っていくから、一緒に付いておいで」
「荷物は全部下ろすんですよね?僕も手伝うので、全部運び終わってから紹介して下さい」
アンリは山積みの食材を宿に運び入れるのを手伝った。
「こんちは。食材は運び終わりました」
荷台で食材を運んだ男が、帽子を外して宿の店主に挨拶をした。
「おう、今日は早かったね。それじゃあ、これが代金だ」
店主は食材の明細を受け取り、料金を支払った。
「確かに。あと、人手が足りないと言ってましたよね。まだ若いんですが、今も食材を運ぶのを手伝ってくれたんです」
「アンリです。何でもやります」
「ふ~ん、小さいけどテキパキと荷物を運んでくれたみたいだね。この宿をやってるクロードだ」
クロードはアンリに手を差し出した。
「雇ってもらえるんですか?よろしくお願いします」
アンリは両手でクロードの大きな手を握り返した。
宿屋の店主であるクロードは、ブラウンの巻き毛に瞳もブラウン。年齢は30代半ばで体の大きな男だった。
「決まって良かったな。俺はジャコブだ。またな、坊主」
荷台を運んできたジャコブも一緒に喜んでくれた。
「ジャコブさん、僕、アンリっていいます。本当にありがとうございました」
アンリはジャコブを見送った。
「うちの宿はお客さんも多くて忙しいけど、よろしくな。いつから来れる?」
「直ぐにでも働けます。今からでも」
「おう、じゃあ二階が客室になってるんだが、空いてる部屋を掃除して、シーツを取り替えてもらえるか」
「分かりました。掃除用具と新しいシーツの場所、使用済みのシーツの置場所を教えて下さい」
その都度、質問してはクロードに面倒をかけると思いアンリは、必要な情報を一度に質問した。
「そうだったな。じゃあ、まずは宿の案内と置場所なんかを説明しとこう」
クロードに宿の中を案内されて同僚に紹介された。
料理を担当しているサムと、テーブルセッティングや清掃をするアメリ。
あとは、アンリと一緒に客室の掃除やシーツの交換、宿の業務全般をするクラリスだ。
「スタッフはどこにいるんだ」
階下の受付で、怒鳴り声が聞こえてきた。
「何か問題が起きたようだ。行ってみよう」
クロードに連れられて、アンリも階下へ下りていく。
「お泊まりのお客さんですね。どうしました」
クロードが受付に入って、宿泊客の対応を始めた。
「部屋に置いておいた指輪が、部屋に帰ると失くなっていたんだ」
でっぷりとして、脂汗をかいている男が、息巻いていた。
「さようですか?荷物の中にはないのですか?」
クロードの言葉が客の癇に障る。
「客室で失くなったのに、俺の荷物に入ってると言うのか。まさか疑っているのか?」
「財布や貴重品は、受付で預けるかご自身で管理頂けるように書いてあるでしょう」
クロードは、受付の壁に貼られた注意事項を口ずさんだ。
「指輪を盗まれた俺が悪いと言うのか」
「お客様、まずはご不快にさせて申し訳ございません。私も探してみますので、どちらで外したか教えて頂けますか」
10歳とは思えない落ち着いた口調で、アンリが話しかけた。
「おう、あんたも宿の人かい?」
「はい。お客様のお手伝いが出来たらと存じます」
「聞いてくれ。俺は本当に宿に指輪を置いて出掛けていて、戻ると失くなっていたんだ」
「そうだったんですね。最後に指輪を外したのは、どの辺りでございますか?」
こんなに丁寧な扱い等、受けた事のない宿泊客は、アンリが自分の味方だと感じたようだ。
「確か顔を洗うのに外したから、洗面所だな」
「ではお客様、私が探して参りますので食堂でお飲み物を飲んでお待ち頂けますか」
「おう、分かった」
アンリは宿泊客を食堂に案内して、サムに頼んで飲み物を用意してもらった。
◇◆◇
宿泊客が使用している部屋は、毎日掃除とシーツの交換に入っている。
部屋に入ると指輪を探したのか、シーフは捲られてぐちゃぐちゃ、バッグの荷物も全て外に出されていた。
洗面所にも何もない。
アンリはまず、部屋と荷物を片付けて指輪がないか確認した。
ゴミ箱の中も確認したが見付からない。
アンリは次に、部屋を掃除しているクラリスのところに向かった。
「クラリスさん、指輪を探すのに教えて頂きたい事があるのですが」
「私じゃない。私は指輪なんて盗んでない」
クラリスは、自分が疑われていると怯えていた。
「誰もあなたを疑ったりしていません。部屋でどんな掃除や片付けをするのか教えて頂けますか?」
「信じてくれるの?」
アンリはコクリと頷いた。
「シーツを交換して、ホウキでゴミを掃いたよ。それで洗面所の桶の汚れた水を魔法で捨てて、空の桶を置いといただけだよ」
「なるほど、桶の水はどこに捨てるんですか」
「魔法でクリーンを唱えれば、桶の水が全部捨てられるの。もう一度クリーンを唱えれば、桶も綺麗になるのよ」
「クラリスさんはクリーンの魔法が使えるのですね。素晴らしいです」
「うん、だからクリーンの魔法が役立つ宿の仕事に就いたのよ」
この世界では各個人が持つ魔法の能力で、役立つ仕事に就く事が多かった。
「魔法で消した汚水はどこに消えるんですか?まさか消滅はしませんよね」
「私はキッチンの裏の水捨て場に飛ばしているわ」
「情報ありがとうございました」
アンリは頭を下げて、クラリスに挨拶をして階下へ向かった。
「アンリ君、どうなった?」
心配した宿の店主のクロードに声をかけられた。
「まだ分かりませんが、部屋の汚水を捨てたキッチン裏の水捨て場を確認してきます」
「おおっ、私も一緒に探そう」
クロードはアンリと一緒にキッチンに向かって、裏口のドアから外に出た。
水捨て場の周辺には、苔がむしていた。
「もしもお客さんの使った桶に間違って指輪が入っていたら、この周辺に指輪が転がっている筈です」
アンリの言葉に、クロードは腰を曲げて周辺を探し始めた。
「ないな」
「小さいので、上から落ちると遠くに転がっているかもしれません。物陰に入り込んだりしているかも」
アリンは地面に膝を付けて低い場所まで細かく見て回った。
「ありました」
縦に積まれた桶の裏に指輪が落ちていた。
「やったぞ。アンリ君、よく見付けてくれた」
「良かったです。お客さんに渡してあげて下さい」
アンリは指輪を宿の店主であるクロードに渡した。
「君も一緒に来て説明してくれるかい」
「はい」
二人はキッチンの裏口から宿の中に入り、食堂で待つ宿泊客の元へ向かった。
「お客さん、この子が指輪を見付けてくれましたよ」
クロードがアンリを客の前に押し出した。
「このような格好で失礼致します」
アンリは指輪を見付けた経緯を説明した。
「そうだったのか。君のお陰で指輪が見付かって助かったよ。店主も悪かったな。これ皆で菓子でも買って食べてくれ」
宿泊客の男は5000ゼルダをアンリに手渡した。
アンリはその5000ゼルダをクロードに渡そうとした。
「いや、このお金は君のだよ。これで好きな物を買いなさい」
クロードは5000ゼルダをアンリに返してくれた。
そこにクラリスがやってきた。
「指輪を見付けてくれたの?ありがとう」
クラリスは泥棒扱いされて、仕事もクビになると思ったと泣いて喜んだ。
「良かったです」
「言っとくけどな、仲間を疑ってクビにしたりしないぞ」
クロードは誤解するなと手を左右に振ってみせた。
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