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第4話
一年後
アンリのお陰で、予約してでも宿屋に泊まりたいと言う客が増えて、クロードは嬉しい悲鳴をあげていた。
そこで宿屋の近くの空き家2つを改造して、宿屋の二号店をオープンする事になった。
しかもクロードは、二号店を信頼を寄せるアンリに任せると言ってくれた。
お給料も通常の給与の他に、歩合給まで払ってもらえる事になった。
ただし何かがあった時の為に、家を出て宿の一部屋に住む事が条件だと言われた。
これは魔法の能力がなくて家族に疎まれて、家に居づらいと知っているクロードの計らいだった。
まだ11歳のアンリは親の許可が必要なので、今日中に家族に話すつもりでいた。
「お父さん、仕事の事で話しがあるんだけど」
アンリは自分の食事だけ用意されていない家族のテーブルの席に座った。
「お金なら出さないぞ。今まで育てた養育費を払って欲しいくらいだ」
「本当に迷惑しか掛けないんだから」
両親の辛辣な言葉に、アンリは今日も傷付けられていた。
「食費も掛かり迷惑ばかり掛けてしまうので、家を出て住み込みで働こうと思うんだけど構わないかな」
アンリは宿屋の二号店を任されて給与も大幅にアップする事を伝えて、一緒に祝ってもらおうと思っていた。
けれど、そんな気持ちも消え失せてしまった。
魔法の能力がない自分は、この家族の一員ではないのだと分かったからだ。
「やっとまともな事が出来るようになったみたいだな。うちに無駄飯を食わせる余裕はないんだ」
「いつ出ていくの?」
「早い方がよければ」
「早い方がいいに決まってる」
アンリの言葉を遮って、家族がアンリを一日でも早く追い出そうとしている。
「今日荷物をまとめて、明日出ていくよ。11年間お世話になりました」
アンリは食事を作る気にもなれずに、席を立った。
「やっとお荷物が消えてくれた」
背中を追うように酷い言葉が投げ付けられた。
◇◆◇
二号店オープン
二号店の従業員には水の魔法が使えるアリエルと、建築魔法が使えるニセフォールが加わった。
これは採用の際に、アンリが水魔法と建築魔法が使える人を採用基準にした為だ。
アンリは、こちらの世界では王族や貴族しか入る事のないお風呂を設置したいと考えていた。
そこで一つの空き家を建築魔法で、全て客室に作り替えてもらった。
もう一つの空き家に宿屋の受付と大浴場、土産物屋を作らせた。
建築魔法が使える人間は、建物を建てる時には収入があるが、建物が建ってしまうと用無しになる。
その為、社員のように長く雇用してもらう事が難しいとされていた。
そんな建築魔法の能力を持つニセフォールは、採用条件が建築魔法と書いてある職員募集を見て飛び付いたのだ。
空き家から立派な宿屋に作り替えるのは慣れた作業だったが、大浴場と言う物が初めてで最初は戸惑ってしまった。
オープン当日は、アリエルの水魔法で温かいお湯が、大浴場にたっぷり注がれた。
二号店は周辺の宿屋よりも割高にも係わらず、初日から満室だった。
そして大浴場を知らないお客さん達をアンリが直接、案内した。
「脱衣所で服を脱いでカゴに入れて下さい。扉の中に入ったら、大浴場に入る前に掛け湯で体の汚れを落として下さい。そしてゆっくりお湯に浸かります」
アンリの説明を聞いた宿泊客達は、脱衣所で服を脱ぎ始めた。
宿泊客達は広い大浴場どころか一人用の風呂に入った事もない人達がほとんどで、湯船に浸かるその気持ち良さにため息を付いた。
「はあ~堪らない」
「はあ~極楽」
「はあ~生き返る」
方々でそんな声が聞こえてきた。
「支配人、大成功ですね」
いつもは、アンリさんと呼ぶニセフォールに支配人と呼ばれて驚いた。
「支配人って?」
「今日から二号店がオープンしたんですから、支配人と呼ばないといけません」
「そうですね。支配人、おめでとうございます」
アリエルにも支配人と呼ばれて、アンリは照れくさくなった。
「僕は魔法が使えないので、全部皆さんのお陰です」
「支配人がいなかったら、宿屋に大浴場なんて誰も考え付きませんよ」
「しかも他の宿屋より割高でどうなる事かと思ったら、初日から満室ってそれこそ魔法かと思いましたよ」
「一号店から知っていたお客さんに、クロードさんが宣伝してくれてたんだよ」
「それでも凄いです」
ニセフォールもアリエルもアンリを年下だからと見下したりせず、上司として尊重してくれた。
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