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後編
俺達はパンケーキ屋を出ると、浜辺に移動した。
青い海を見ながらゆっくり散歩する。
日菜子が砂浜を飛び跳ねながら言った。
「誰もいないね」
はしゃぐ日菜子に、俺は聞いてみた。
「ラインのメッセージだけで、何で俺の前からいなくなったの?」
日菜子は項垂れて言う。
「あの頃、病気に掛かった事が分かって……。大きな病院しか治療が出来なくて。治療費が足らなくて親は家も売って。それで病院近くの小さなアパートに引っ越して……」
「そんなの、別れる理由にならないよ」
「ごめんね。私は、手術が成功しても、元の身体には戻れないって分かっていたから。子供も作れない体になってしまうのに、大里くんと恋人を続けられないと思ったんだ」
俺は傷つく。
「俺がそんなに心の狭い男だと思ったの?」
――俺はそんな事で日菜子を捨てたりしないのに。
「ごめん……。ねぇ、大里くん、キスして良い?」
俺は動揺してしまう。
「突然言われても、困るよ」
――日菜子はいつも唐突に、俺の心を揺さぶってくる。
「何でキスするの? もう俺達恋人じゃないんだよ。それともよりを戻してくれるの? 日菜子だって、さっきの話からすると、俺のことを嫌いで別れた訳じゃないんだろ? 俺は日菜子のことが忘れられなくて。ずっと好きなんだ」
日菜子は目を伏せて言う。
「よりは戻せないよ」
俺は落胆する。
再会後の日菜子の親しげな様子から、期待してしまったのだ。キスは断るしかない。
「じゃ、キスはできないよ。俺は遊びでキス出来る性格じゃないんだ」
「でも、あの日の約束したでしょう? 私ずっと心残りだった。今日はパンケーキ屋さんにも行けたし、海も散歩した。後はキスだけだよ」
日菜子の体が俺に近づいて、俺の顔に日菜子の顔が近づいていた。
――いつだって俺は日菜子の意のままだ。
されるがままに、俺は日菜子の柔らかい唇と体に包まれる。おれはやっぱり日菜子に嫌われたくなくて、浅いキスしかできない。
日菜子が俺から唇を僅かに離して、小さな声で喋った。
「大人のキスをして」
俺の唇の前で小さく動く日菜子の唇と、日菜子の言葉が俺を刺激した。
俺から日菜子に唇を寄せてた。小さく開いた日菜子の唇の隙間から、俺は舌を差し入れる。
日菜子と俺の舌がもつれ合う。唇を重ね合わせるうちに気持ちが昂り、衝動が抑えられなくなっていく。キスだけでは止められなくなりそうで、俺はキスをやめ、腕に抱く日菜子を見た。俺はもう、自分を押さえられなかった。
「こんな気持ちにさせて、それで俺たちおしまいなの? これじゃ、日菜子が好きな俺を、日菜子が弄んでいるのと同じだよ。ライン1つでフラれてから、俺は誰とも付き合う気になれなくて、ずっと日菜子を思ってきた。なのに何年振りに会ったと思ったら、今度は思わせぶりな態度をして、また俺を突き放すの? 酷いよ」
「ごめんね」
悲しげな日菜子の表情に俺は居心地に悪さを感じる。
その時ポケットの中で携帯がバイブした。
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