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眼前に立つこの先輩ほど強欲な人を、俺は多分見たことがない。
「君は俺のこと祝ってくれないの?」
三月一日。今日、先輩はこの高校を卒業する。
校門を出る手前で声を掛けられた。青を隠してしまいかねないほど雲の多い空の下。今日の夜には雨が降るらしい。
彼が両手で抱えるように持っている花束は、生花店のセンスとは思えないくらいまとまりがなく、雑多な色でごちゃついている。もしかしたら、注文した主が意図的にそうオーダーしたのかもしれない。
まだ春になりきらない冷たい風に乗って甘く香る刺激もまた、俺を一層不快にさせた。
が、ここで敢えて笑みを作る。苛立ちも不愉快さも、その更に奥の感情も、全て隠して有耶無耶にする。
「――知りません。可愛い後輩達に散々祝ってもらったんでしょうから、欲張り言わないでください」
色彩のごった煮みたいな花も、大方部室でもらってきたものなのだろう。万年廃部危機の弱小の部でただ一人の三年生だった彼は、現役中から引退後に至るまで部員達から慕われていた。それはもう、見ているこちらがうんざりするほどに。
「うーん、それとは別に、君からのおめでとうの言葉が欲しいんだよね」
先輩はとぼけた笑顔で言う。
思ってもいないことを。煩い音楽の流れるヘッドホンで覆われた耳で、俺の言葉なんて聴く気もないくせに。
この人は本当に強欲だ。大して欲しくないものまで手に入れておこうとする。
「そういうの、もうやめた方いいですよ。どうせ貴方、俺のことあまり好きじゃないでしょう」
俺は言ってやる。努めて他愛ない口調で、深刻さなんてまるで感じていないかのように。
「だけど、俺に好かれてはいたいんですよね。たとえ嫌いな相手でも、自分の方は好かれていたい……好かれる自分でありたい」
相手のそういうところに目が行って、わざわざ指摘するから、先輩は俺のことを疎ましがっている。自分の思い通りにならない存在だから。
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