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中編【悪いが見殺しにさせてもらう。】
「頼む、私だけでも下ろしてくれ! 大事な会議があるんだ!」
「知るかっ! お前ら乗客の都合なんか、どうでもいいんだよ!」
「金ならいくらでも払うっ!! だから、どうか……っ!!」
「うるせぇんだよっ! あんまり勝手なこと喋ったら、テメェから撃ち殺すぞっ!」
「ひいぃっ!?」
サラリーマンの命乞いを遮るように、バスジャック犯の持つ拳銃から放たれた一発。それが天井に穴を開けると、乗客たちによる悲鳴が狭い空間内に飛び交った。
……もし、もしもだ。もし仮に今、このバスの中で《誰かの顔面が突然砂のように崩れてなくなったら》、どうなる?
そうなりゃきっと、さらに大混乱間違いなしだ。目の前で説明つかない超常現象が起きれば、誰だって驚かざるを得ないだろう……それはバスジャック犯、お前も同様にな。
だったらビックリさせてやるよ、俺が。そのサングラス突き破るくらい、お前の目ン玉をひん剥かせてやる。
「……えっ? な、何……ひぃやああああっ!?」
バスの最奥で、急に顔を両手で覆い隠して悶えだしたサラリーマン。
しかし、覆い隠していたものが徐々に手の隙間からこぼれ落ちるにつれ、まずは隣の乗客、そこからどんどん前列の方へと、阿鼻叫喚の声が波状に伝染していく。
そして、しまいには……
「な……何だ……何だよぉっ!?」
乗客同様に、何ならそれ以上に怯え、恐怖のあまり人質である俺を手放してしまったバスジャック犯。
今のお前の心理を当てるとしたら、『まさか自分もああなるのか?』といったところだろう。ここまで散々人様に迷惑かけてきたんだから、なおさらな。
もちろん消してやるさ。たとえ神や司法がお前を死刑にせずとも、この俺が塵一つ残さず消してやる。
だが、今ここでお前のサングラスや覆面を剥ぎ取ろうもんなら、不自然すぎていよいよ俺が能力者として疑われてしまう。それだけは何としても防ぎたい。
だからここは慎重に、自分も驚いているふりをしつつ、バスジャック犯の袖をさりげなく捲ってやれば――
「ひっ……うわぁぁあああぁぁあああっ!?」
――いよいよ露わになった毛深い腕を俺が直視した瞬間、さっきまでこの空間を恐怖のどん底に陥れていたその手が、拳銃を握り締めたまま足元にボトリと落ちた。
一台のバスの最前列と最後列で、それぞれに人が粒子化するという異常事態。恐れおののく乗客たちによる鳴り止まない叫びの中、俺だけは腰を抜かした演技をしながらも、バスジャック犯の腕の断面を直視し続ける。
それから一分も経たないうちに、やがてバスが路肩に緊急停止する頃には、バスジャック犯は身につけていた衣類を残して、跡形もなく消え去った。
「はぁっ、はぁっ……助かった……のか?」
などという、自分でも白々しい台詞を迫真の演技で吐きながら、腰を抜かしたように通路へと尻を落ち着ける俺。
とりあえずこれで俺も、運転手も、他の乗客たちもみんな助かったが……しかし今回ばかりはさすがに自分でも焦った。たった一人の犯罪者を消すのに、他の人間を犠牲にする羽目にもなったし……
とはいえ、あれはあれで会議とやらのために自分だけ助かろうとしたクズだ。この先も生き延びたところで、世のため人のためにはならないだろう。
そういう意味ではむしろよかったじゃないか、ヒーローになれて。アンタが声を上げたことで、結果的に大勢の乗客を救えたんだから。もっとも、真のヒーローは俺みたいに、決して目立とうとはしないがな。
そう、俺はこの力を決してイタズラに行使しない。これまでも、これからも……この世に蔓延る悪人を駆逐するためだけに行使するんだ!
それこそが、特別な力に目覚めた者の運命――
「――えっ? な、何ですか……?」
この後は警察が駆けつけ、そこで事情聴取されるだろう。そこで俺は何て説明しようか……などと考えていた矢先。
いつの間にか誰一人として怯えなくなっていた他の乗客が、あろうことか救世主たる俺に対して、一斉に銃口を向けてきた。後ろを振り向けば、運転手まで……
分からない。自分が乗ったバスが偶然ジャックされたこと以上に……今、俺の目の前で何が起きてるんだ……!?
「やはりアナタが犯人でしたか」
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