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後編【初めから見えていた結末】
「やはりアナタが犯人でしたか」
いまいち状況が飲み込めず尻もちついたままの俺に、乗客の中から一人の老婆がゆっくりと近づき、やけに若い声で流暢に喋りだした。
この老婆……さっきまでずっと夫婦で身を寄せ合っていた老婆じゃないか! それがどうして今は銃を構えて、そんな冷たい目で俺を見てくるんだ? というか、旦那はどうした!?
とっさに女が座っていた座席に目をやれば、旦那と思わしき男もまた拳銃越しに俺のことを冷めた目で見ている。
かと思えば、ここで老夫婦含め全員が自らの顔に手を触れ、メリメリと皮を剥ぎ……まもなく見覚えのない若い顔をさらけ出した。
「なっ、何だ……何なんだよ!? 何のドッキリだよぉ!?」
「それはこちらの台詞です。アナタこそ、一体どうやって二人の人間を砂のように消してみせたのですか?」
「はぁ……!? 俺が、消した……?」
ただ一人慌てふためく俺に対し、あくまで冷静に質問を返してくる女。まだ警察は駆けつけていないというのに、まるで警察の取り調べみたいに……
それより今、コイツ何て言った? 俺が二人の人間を消しただと? 何でそんなこと、コイツが断言できるんだ?
「我々はずっとアナタのことを見ていました。それこそバスに乗り込む前から……そしてアナタがバスジャック犯を目で追い、犯人の袖を捲り上げてみせた瞬間まで、全部」
「いや、それは……俺だって人質だったから、逃げるのに必死で……っていうか、目の前で人があんなふうに死んだら、誰だって怖いだろ!?」
「本当に怖かったですか? だとしたら、この車内で怖がっていたのはアナタだけということになります。あとはアナタに殺された、二人の《死刑囚》くらいでしょうか」
「……死刑囚?」
「たった今アナタが消してみせた二人は、あらかじめこちらで用意した死刑囚です。その死刑執行日は今日、まさにこの時間」
こちらが何を問い、何を訴えようとも。女の口から返ってくるのは、たとえ俺が何の能力もないごく普通の人間だとしても理解不能な説明。
それを淡々とした口ぶりで、しかも銃口と一緒に突きつけてくるから、俺もいよいよ本気で怖くなってきた。
「どういうだよ……死刑だとか、俺が殺したとか……どう見ても俺は被害者だろ!? それはアンタらも見てただろ!? それなのに何で……そもそもアンタら、何者なんだよ!?」
「我々の素性を明かすわけにはいきませんが、少なくとも死刑囚を動かせるほどの組織だということは確かです。そしてそれらをもって、我々はアナタをここで始末する……」
「始末……? 俺を……? 何で……!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺を取り囲む奴らの目が、より一層殺気が増したように見えた。
どうやら今起きていることは、ドッキリでも何でもないらしい。コイツら本気で俺を殺る気だ。そしてその根拠は……
「ここ数年、世間を騒がせている超常現象……もとい、連続殺人。その現場付近の監視カメラを徹底的に確認したら、ほぼ全てにアナタが映り込んでいました」
「そ……そんなの偶然だろ!!」
「偶然? でしたら、アナタが監視カメラの範囲を通り過ぎもせず、被害者が死ぬ瞬間をじ〜っと見つめていたのも、偶然ですか?」
「だからっ……それは……っ!!」
悔しいが全て当たっている。何なら自分でも気づかなかったくらいに。まさか俺は一方的に見る側ではなく、じつは見られていた側だって言いたいのか?
だとしても、ここに来て自ら白状するわけにはいかない。俺が今ここで捕まったり、最悪死んだりしたら、この先誰が世の中の悪人を罰するんだ?
俺にこの力が与えられたということは、つまり……この世に必要だからだろっ!?
「まぁいいでしょう。我々は警察ではありませんので、これ以上アナタを問いただすつもりはありません。ただ疑わしきは罰するのみ……そのためだけに、我々は集められたに過ぎませんから」
「……何だよ、それ。ふざけんなよぉっ!! お前らさっきから、まるで俺が悪者みたいに……俺がいなきゃ、この世はもっと悪人が蔓延りまくってただろうがっ!! それを俺は、お前らみたいな奴に代わって片っ端から消してやってただけだろうがっ!!」
どんなに言葉で足掻いてみせたところで、結局は殺される――そう悟ったとき、俺の中で張り詰めていた何かが吹っ切れて、これまで誰にも言えなかった本音をブチ撒けてやった。
それだけじゃない。俺はもう腹を括った。俺自身が生き延びるためなら、たとえお前らが世の中にとって悪じゃないにせよ、今ここで消してやる!
「だからお前らに感謝こそされても、恨まれる筋合いなんか――がぁっ!?」
今一度、この場にいる全員を俺の視界に捉えようと立ち上がりかけた次の瞬間。俺の胸に一発、容赦なく弾丸がブチ込まれた。
未だかつて味わったことのない痛みが、俺を膝から崩れさせ、恐怖を最大限にまで高める。
これが、死ぬという感覚なのか? 本当に俺、このまま――
「ああっ……ああがああああっ!?」
「勘違いなさらないことですね。アナタがどんな力を持っていようが、人を殺めた時点でアナタは神様でも何でもない。ただの《危険分子》です」
「違う……俺は《危険分子》なんかじゃない……俺は選ばれたんだ、神に……俺は必要なんだ、お前らにとって……!!」
「『人を呪わば穴二つ』と言いますがね。今まで数え切れないほどの殺人を繰り返してきたアナタには、さぞ数え切れないほどの穴が空くことでしょう」
「うるせぇよ……お前らなんかなぁ、この目で見るだけで簡単に――」
ズダダダダダダダダァンッ!!
「――ごふぉえっ!?」
俺が思いの丈を全て出し切るのも待たずに、再度構え直された無数の銃口。
そこから発せられた銃声がけたたましく重なると共に、俺の全身から血という血が吹き出し、まもなく俺の視界は血まみれの天井のみとなった。
「見るな……見るなぁ……!!」
次第に霞んでいく視界の中に、どんどん人が集まってきて、一斉に俺を見下ろしてくる。どいつもこいつも憐れんだり、蔑んだりするような目で。
やめろ……そんな目で俺のこと、見るな……!!
「じつに愚かな人ですね。弾丸と砂時計、どちらが早いかなんて見るまでもなく明らかなのに。それに――」
聞こえない……誰の声も。
見えない……誰の顔も。
何も見えなくなった自分なんて、もはやただの……人間――……
「――遅かれ早かれこうなることは、最初から目に見えていたはずでしょう?」
【目に見えて消せない男】 完
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