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「た、貴子ちゃん……」
「うわっ!」
「ど、どうしたの?……大丈夫?」
貴子ちゃんは皆んなに何と言われようと、どんな目で見られようと、平然としていた。
「これが私……素の私を見てちょうだい」
さて、貴子ちゃんが英断を下したのには訳があった。
さかのぼること1年前、さる国で見つかった細菌に感染すると、まず腹痛を起こし、菌は増殖して、腸や胃を埋め尽くすのだが、普通に飲食は可能で、いつの間にか痛みも消えている。
ここからが肝心で、菌は神経と内臓とを結び付け、特殊な作用を及ぼし始める。
お腹の色が変色するのだ。
と言っても、やはり痛みを伴うことは無く、感染しても全く問題無い人、つまり、変色しない人もいるのだが、そのほとんどが聖職に従事する人であった。
では、変色の過程だが、まず普段の皮膚の色がネズミ色に変わり、そして黒くなるのだった。
ところが、である。
何故か黒色がネズミ色に戻り、元までとはいかなくても、かなり普段の皮膚の色に戻る人もいる。
初めは菌が体内から無くなったからだと思われたが、さにあらず、うようよと胃壁などにこびりついていた。
謎が謎を呼んだが、半年後、ある細菌学者により、画期的な論文が発表された。
難しい専門用語は抜きにすると、早い話が、性格的な問題が色となって現れたのだ。
つまり、性格が神経に投影され、さらに内臓と結び付くことにより……いやはや、何だかんだでじれったい話となってしまったが、端的に言うと、腹黒い心が色となって目に見える病気であった。
つまり、表面では良い人間に見えても、心の中が悪に満ちていれば、たちまち腹の色は変わってしまうというものだった。
であるので、聖職者といった清い心の持ち主は感染しても全く変色しなかったのである。
という内容の論文が発表され、さらに秘密裏に行われた人体実験で間違いないことが証明されると、世間は大パニックとなった。
例えば、結婚が減り、離婚が増えた。
理由は、婚前交渉の際、腹が黒いと何か隠しているのではないかと疑心暗鬼にさせ、結婚は取りやめ、すでに夫婦となっている場合は、やはり何か後ろめたいことがあるので腹が真っ黒に変色しているのではないかと疑念を呼び、結果、別れるにいたるのであった。
困ったのは、銭湯やプール、海水浴だ。
男女ともに大概、腹が見えるので、すぐに変色しているか否かが分かってしまう。
ただ、女性の場合、スクール水着だと腹が見えないので、しのげるという利点があった。
そこでバカ売れしたのが、スクール水着や、サーファーなどが着るラッシュガードである。
そして、プールや海水浴は問題無かったが、銭湯もスクール水着、ラッシュガードともに利用を認めるところが続出したものの、体を洗えないという不便さから、客足が遠退き、大半が潰れることとなった。
そんな中、冒頭の貴子ちゃんの行動により、世界は救われることとなったのだ。
貴子ちゃんはいわゆるお嬢様で、その麗しい姿は老若男女問わず、羨望の的だった。
いつも笑みを絶やさず、足の不自由な老人が駅の階段を降りていると、すぐに手を差し伸べ、親とはぐれている子供がいると、一緒になって親身に探してあげるという優しい女の子だった。
だが、真実は違っていた。
貴子ちゃんは皆にチヤホヤされる喜びを知り、面倒臭いことでも、表向きは積極的、内面は嫌々ながら取り組んでいたため、お腹は真っ黒で、人には決して見せられない様相を呈していた。
しかし、貴子ちゃんは決断した。
私が先頭に立って、変えようと。
今まで貴子ちゃんを絵に描いたような良い人と見ていた人たちから疎んじられようと、黒いお腹を見せても恥ずかしくないことを実践したのだ。
貴子ちゃんはヘソ出しルックで街を闊歩した。
貴子ちゃんを知る人も知らない人もその腹黒さを見て、驚いた。
しかし、貴子ちゃんは毅然として、自分は腹黒女だとアピールした。
「私は性悪だと思われてもいい。これからはプールではスクール水着を着ないで、ビキニを着ます!」
彼女のその勇気ある言動は世界中に光を与えた。
貴子ちゃんは各国から招かれ、優しい行動の裏には常に打算があったことや心では悪態をついていたことなどを真摯に語り、高らかに締めくくった。
「私も含めて、人間は完璧ではありません。心には善も悪も住んでいます。すぐに清らかな心になれと言われても、なかなか実現しません。皆さん、恥ずかしがらずにお腹を出しましょう!」
やがて、貴子ちゃんの腹の黒色はネズミ色に変わり、そして元に戻った。
そう、真に心が清くなると、菌がいても、色は綺麗になるからだ。
そんな貴子ちゃんでもたまに黒い色を帯びることもあるが、今や誰もが黒い腹を普通に見せるようになった。
現在はまだ暗くても、未来は明るいと貴子ちゃんは信じて疑わず、今日もビキニで泳ぐのであった。
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