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「花見は行ったことあるか?」
ユキの問いに、伊織は目を閉じ静かに首を横に振る。ユキの予想通りの答えだ。
高校2年になる伊織は複雑すぎる家庭環境に育ち、さらに友達もおらず、あまりにも世間を知らなすぎた。ファストフードショップも、カラオケも、ゲームセンターも、海も、一つ年上の恋人・ユキと行ったのが初めてだった。
「花見って、具体的に何するの」
「そりゃ花見っていうぐらいだから、花を見んだよ」
「そんなの、別に普段外を歩いてれば見れるでしょ、そうではなくて?」
「んーああ、まあ確かにそうだけど。普通花見っつったら桜だ。次の土日、行ってみるか」
いや別にそんな意気込まなくても、今からでも桜の木の通りに行けば見えるのに、と内心伊織は不思議に思っていた。
土曜日。約束通りふたりは近くの桜が咲き乱れる並木道を歩いていた。
桜はまさに満開といったところで、お祭りでもあるかのように屋台の店がたくさん並び、なかなかの人出だ。
屋台の店と人を除けば、視界は桜の白に覆われて、まるで雲の中にでもいるような気分だ。
「うわあ……きれい」
隣で感嘆の声を上げる伊織にユキは満足。伊織の真っ白な肌にほんの少し頬に赤みがさしていて、まるで桜みたいだとユキは思った。
「ねぇ、綿菓子食べたい」
いつになくはしゃぐ伊織に目を細める。
綿菓子でも何でも買ってやる。だから、来年も来ような。
やがて陽は傾き、桜の木に取り付けられたぼんぼりに灯りがともる。
昼間の明るく白んだ景色とは一変、暗がりに桜のピンクが浮き上がって、なんとも幻想的で、かつ扇情的にも見えた。
「夜桜見物もオツなもんだろ」
ユキが伊織の腰に手を回す。伊織はコクリと頷いた。
「桜はもちろん綺麗です。でもそれより」
一旦言葉を切ると、伊織はユキに向き直って、こう言った。
「ユキとこうやって一緒に見られて、嬉しい。連れてきてくれて、ありがとう」
控えめな微笑みを浮かべる伊織を、ユキは人目も憚らず抱きしめた。
「おう、来年も再来年も一緒に見るぞ」
いつのまにか降り積もった、伊織の頭に乗った桜の花びらを払ってやる。
やっぱり、コイツは花びらとおんなじ色の肌してるな。
ユキは独りごちてクスッと笑った。
「うん、約束」
ふたりは小指を絡ませて笑い合った。
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