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3.震える手と小さな肩
で、冒頭の桜並木に戻るんだけど、
「絶対に秘密だよ」と言うから、
「昨日も風呂に入らなかったのか?」と軽いツッコミを入れた。
「ちげーよ! ふざけんな!」
いきなりローキックが来る。痛いってば。
「お風呂は毎日入ってるよ」
ちょっと恥ずかしそうに言って、大げさに足を引きずるぼくを置いて先に行ってしまった。
その話はとりあえずそれっきりだった。
ところが授業の最後に担任が重々しく口を開いた。
「みんな、花藤が今度転校する。さびしいな。花藤、前に出て来てあいさつしてくれるか」
この担任はえこひいきするところがあって、あまり好きでなかったが、この時のことで決定的になった。好きな子との別れを宣告したのは、彼の職業上致し方ないことだとわかってはいたけれど。
それでぼくはフリーズして、たぶん顔色を変えただろう。手が勝手にぶるぶる震え出し、慌てて机の下に隠した。
なぎさは引きつったような表情で教壇に立った。
「みんな今までありがとう。向こうの学校でもみんなと同じ、いい友だちができるよう頑張るね」
なぎさは短くそう言った。今まで聞いたことのないような自信のなさそうな声で、肩が小さく見える。
何がいい友だちだ! ふざけるな!
『お姫様だなんてあの子ホントいっちゃってるよね』と女子たちは陰でバカにしてたんだぞ。なぎさの変な妄想に付き合ってやれるのはぼくだけだ。転校した先の中学だって同じだ。なぎさ、最後なんだから言いたいこと言えよ!
ぼくは心の中でそう叫んでいた。
その日、ぼくは家に帰るとベッドに寝転んで、ぼんやりしていた。今朝、なぎさが転校のことを伝えようとしたのに茶化してしまった。それで何がどう変わったのかはわからない。結局は同じことかも知れない。
でも、そうした考え方自体が嫌だった。なぎさに会って言いたいことはいっぱいある気がするのに行動に移せないで、見飽きた天井を眺めてる。
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