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第3話
(た、助かった……)
「あっ……誰か来たみたいなので、ちょっと見て来ますね!」
そそくさとその場を離れ、ドアスコープから外を覗く。すると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
髪をピンクに染め、奇抜なファッションに身を包んだ彼女はそわそわと落ち着かない様子でドアが開くのを待っている。
(一体誰だろう……? いや、でも……この状況から逃れるには、ドアを開けるしかないよな)
俺は意を決してドアを開けた。すると、彼女は嬉しそうに声を上げる。
「あっ……やっと開けてくれた!」
「どちら様ですか……?」
尋ねると、彼女は残念そうに眉尻を下げながら言った。
「えー! 忘れちゃったんですか!?」
「以前、どこかで会ったことありましたっけ……?」
「あなた、私を捨てたんですよ! それも、暴力まで振るって!」
「はぁ……? 暴力……?」
身に覚えのない話に、俺は思わず首を傾げる。すると、彼女は怒りに満ちた表情で訴えかけてきた。
「とぼけないでください! 私、あなたに暴力を振るわれたせいで骨折までしたんですよ?」
そう言いながら、女性は泣き崩れる。そして、突然俺の腕を掴んできた。
「というわけで……責任取ってください」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
じわじわと詰め寄られ、俺は恐怖に震える。
「そうですよ! 責任取ってください!」
不意にそんな声が聞こえたかと思えば、成り行きを見守っていた黒髪の女性が回り込み、俺の腕にしがみついた。
「え? いや……あの……」
俺はしどろもどろになりながらも、二人の女性を交互に見る。
「だから、人違いですって!」
そう抗議するも、二人は一切耳を貸さず迫ってくる。壁際に追い詰められた俺は、耳を塞ぎとうとうその場にうずくまってしまった。
それでも、二人は容赦なく責め立ててくる。
「人違いなんじゃありません! 確かに、あなたは私を捨てたんですよ! だから、責任取ってください!」
「どうして、私たちを捨てたんですか!? ちゃんと説明してください!」
そんな二人を見て、俺は思った。……これは、夢だ。きっと、悪い夢に違いない。
徐々に意識が遠のく中、俺はそんなことを考えていた。
「……うーん」
窓から差し込む陽光の眩しさに、思わず目を開ける。
どうやら、床で寝ていたようだ。身体を起こすと、つい先程まで見ていた悪夢のせいで全身が汗まみれなことに気づく。
「あれは夢だったのか……?」
そう呟くと、安堵のため息を吐く。時計を見ると、もう朝になっていた。
ふと、床に缶ビールが転がっていることに気づく。中身は入っておらず、空のようだ。
「昨日、帰った後ビールなんて飲んだっけな……」
首を傾げつつも立ち上がると、ふと足に何かが当たった。慌てて視線を落とすと、何故か桜の枝が落ちていた。
「なんで、こんな所に桜の枝が……?」
不思議に思いながらも、桜の枝を拾い上げる。次の瞬間、頭にある考えがよぎった。
夢に出てきた二人の女性は、どちらも「あなたに捨てられた」と訴えられていた。しかも、ピンク髪の女性に至っては俺に暴力を振るわれた、とまで言っていた。
だが、俺自身は彼女たちのことは全く知らないし、会ったこともない。
最初は、自分のことを元彼か何かと勘違いしているのかと思っていたけれど──
「もしかして、あの二人の正体って……」
呟きながら、床に転がっている缶ビールと手に持った桜の枝を交互に見る。
……おそらく、彼女たちの正体は自分が放置してきた缶と枝を折ってしまった桜の木だ。きっと、あの二人は俺を戒めるために人の姿を借りて目の前に現れたのだろう。
そう結論付けた俺は、思わず身震いした。
「……来年からは、ちゃんとマナーを守って花見をしよう」
そう決心した俺は、遅めの朝食をとるために準備を始めたのだった。
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