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ニセモノ
ここはとある街の仕立て屋。
眼鏡をかけた男性がメジャー片手にどんどん俺のサイズを測っていく。
「これでサイズは一通りオッケーですね。生地はありますから2日もあればできますよ」
「いや〜。助かるよ。急に神父の服の調達なんて大変でさ。オーダーメイド感ないと嘘くさくなるし」
「そういう時こそうちの店、ですよ。トーカ様は常連様ですからお声がけいただければ最短でお作りいたします」
「さすがは貧民街にその名を轟かすサンモの店。頼りになるわ〜」
そう。ここは貧民街にある仕立て屋。偽の制服、武器を仕込めるスーツ、ヤバい奴らのヤバい案件を何でもこなすプロの店だ。
「では2日後に。お待ちしております」
「はいは〜い。よろしくね」
トーカがヒラヒラと店員に手を振りながら店を後にする。
「さてと。必要なものはこれで用意できたし。いったん帰りますか」
帰ると言ってもアジトにじゃない。
仕事が入ったと告げられてすぐ、俺は市民街にある組織の隠れ家に連れてかれた。隠れ家と言っても普通の一軒家だ。組織にはそういった小さな拠点があちこちにあるらしい。
隠れ家ではクキという名の青年が俺たちを待っていた。顔立ちは男前だがチャラついた雰囲気の男で、会うなり「君がヒスイくんか!会えて嬉しいよ!」と言われて抱きつかれた。人との距離感がおかしい。
そのあと全身を眺められたかと思ったら、「やっぱりピッタリなサイズはないね。仕立て屋まで行っておいで〜」と隠れ家を追い出され、今に至るわけである。
隠れ家から仕立て屋まではトーカが運転するバイクで来た。店の前に停めてあったバイクに乗って貧民街を疾走する。ここは市民街に近い地域なので、30分くらいで隠れ家に着いた。
「さあ、クキに2日で用意できることを伝えないとな」
「……なあ」
「お前に仕事について説明しないといけないし」
「……おい」
「他にもやることが色々あるからな。忙しくなるぞ」
「………トーカ!」
トーカの様子がおかしい。
仕事があると部屋に帰ってきた時から、ずっと険しい雰囲気が消えない。表面上はいつも通りに見えるが気づかないほど浅い付き合いじゃないぞ。
「お前、何か隠してるだろ!」
「え〜?何のこと?」
「ウソつけ!ずっと空気が険し」
「それはヒスイくんが心配だからだよ」
突然トーカの後ろからクキが現れた。
驚いて口を開けたまま固まってしまう。
「ちょっと〜。うちの前で痴話喧嘩はやめてくれる。ご近所さんにウワサされちゃうじゃ〜ん」
「いや、痴話喧嘩てお前」
「とにかく!中に入って!ほらほら!」
クキにグイグイと背中を押されて3人で家に入る。
トーカはずっと俺と目を合わさない。なんなんだ、その態度は。絶対に聞き出してやるからな。
「なあ、俺が心配ってどういうことなんだ⁉︎」
リビングに通されてすぐ話を再開する。トーカに聞いても埒があかないのでクキに聞くことにした。
「ああ〜。それはね」
「クキ!」
トーカがクキを睨むが、クキは何食わぬ顔で話を続ける。
「ヒスイくんのヤドネタは、ホントーはもう少し経ってから使いたかったんだよね。トーカ的には。ヒスイくんの気持ちが落ち着いて、覚悟をしっかり持ってから仕事させたかったんだよ」
トーカを見る。手を顔で覆っていて表情は読み取れないが「なんで言うかな」という言葉が体から滲み出ている。
「どうせトーカのことだから、じゃんじゃん立場を利用させてもらう〜とか軽い感じで言ってたんっしょ。でもホントーはね。こいつはとにかくヒスイくんのこと心配してんの。諸々の事情考えて今回ヒスイくんの出番を作っちゃったけど、心の底ではやりたくねぇ〜って思ってんだよね」
クキにウインクされる。呆けた顔でまとまらない思考を引っ掴む。
……トーカが心配してる?俺のことを?いやいやいやいやいや無い無い無い無い無い。赤子を崖から突き落とす獅子みたいなヤツだぞ。そんな過保護なこと1ミリも考えるはずないだろ。
「あ〜。信じられないって顔してる。トーカ普段どんな態度とってんのさ。ダメだよ〜。気持ちは言葉にしないと伝わらないんだから」
クキに肩を組まれてトーカがやっと顔から手を離した。バツの悪そうな顔をしてて、全く目を合わせようとしない。
「後は2人にしたほうが良さそうだね。トーカ、ちゃんと話するんだよ」
長居は無用とばかりにクキはサラーっと奥の部屋に消えていった。
気まずい沈黙がおりる。こんなに歯切れの悪いトーカを見るのは初めてじゃないだろうか。
「なあ……」
ピクッと反応があったがやはり顔はこっちは向かない。
「本当なのか。俺のこと心配してるって」
問いかけても石像のようにトーカは動かない。
「お前が言ったんだろ。教会の脅しに俺を使うって」
反応がない。いい加減イライラしてきた。
「いい加減にしろよ!お前を信じたから俺は覚悟を決めてここまで来たんだぞ!」
胸ぐらを掴んで無理矢理こっちを向かせる。現れた顔はなんだか泣きそうに見えて。ぶつけた怒りが行き場を無くしてしまった。
「………俺はこの立場を利用するってもう決めてる。怖くても、わからないことだらけでも、それで助かる人がいるならやるって決めたんだ。なのにお前がそんなんじゃ、どうしたらいいかわからないだろ」
「……じゃない」
「あ?」
トーカが何かを呟きだした。コイツでもこんな自信のない声出るんだな。
「お前を信じてないわけじゃない。覚悟だって知ってる。でも扱う力が大きすぎる。どれほどの重荷を背負うことになるのか、どれほどの孤独と闘うことになるのか。お前にはゆっくり話をしてから決めさせたかった」
寂しい目だ。コイツはどれだけのことを経験してきたのだろう。
胸ぐらを掴んでいた手を離す。トーカの視線はゆっくりと床へ落ちていった。
「お前も悩んだのか?」
「色んな葛藤があったね。これで本当にいいのか。俺はヤドの権力を笠に着て身勝手な正義を振りかざしてるだけなんじゃないか。でも誰も俺の立場は理解できない。行動するたびに一つ、また一つと心に澱が溜まっていくんだ」
「でも俺にはお前がいるだろ」
「うん。………へ?」
やっとトーカが顔を上げた。
「俺の気持ちもお前ならわかるだろ。お前が今まで心に溜めてたもんも、俺に話せばいい。それで考えればいい。間違えば2人で償えばいい。力を手に入れちまったんだから、しょうがないだろ」
間抜けな顔がこっちを見ている。うん。その顔の方がいい。ウジウジ下を向いてるなんてお前らしくない。
「……プッ。ハハハハハ。そうだね。お前の言うとおりだ。俺たちは世界で2人だけの最強コンビだもんな」
「頼むぜ。お前は強くて頼もしい俺の相棒なんだから」
「はいはい。ヒスイ様のお邪魔にならないよう精進させていただきますよ」
2人で顔を見合わせて笑い合う。
ちょうどクキが「仲直りできた〜?」と言いながら戻ってきた。
「では今回の作戦に関して、僭越ながら私から説明させていただきます」
俺たちが話している間、クキは奥の部屋で俺に説明するための準備をしていたらしい。部屋に通されると写真の貼られた白い板の前に椅子が2つ置いてあった。トーカとそれぞれに座り、クキは細い棒を持って板の前で立っている。授業をする先生の気分なんだろうか。
「ヒスイくんも解決に関わったニセ星の子事件。ツタの自白で星の子の情報を与えた軍の関係者がわかりました。それが今回のターゲットです」
クキが板に貼られた写真をビシッと棒で叩く。写真には40歳くらいの男が軍服を着て敬礼する姿が写っている。
「コイツの名前はニフル・トルム。下級貴族の出身だが家に金が無いので軍に入って生計を立てていた」
「貴族にも貧乏なヤツはいるんだな」
「ピンキリだからね。家を維持できなくて市民街に移るヤツもいるよ」
俺の質問にクキが答える。本当に授業みたいだな。
「で、このニフルが軍に所属してる間になんらかの方法で星の子のことを知ったらしい。我々が今回知りたいのはそのなんらかの方法の部分なのです」
「拷問でもすりゃいいんじゃないのか。居場所がわからないとか?」
「いや、居場所はわかってる。市民街でひっそりと暮らしているみたいだ。捕まえて拷問してもいいんだけど、ちょっと具合が悪くてね」
「何でだ?仲間でもいるのか?」
「それがわからないんだよ。ニフルの家は昔は教会に近いところにいたからね。軍で星の子の情報を得たニフルが昔の繋がりを使って教会に何かの取引を持ちかけてるかもしれない」
「てか、貴族なのにヤドのことは知らなかったのか?」
「貴族も全員ヤドのことを知ってるわけじゃないからね。教会も貴族も軍も、ヤドに関わってるのは一部の人間だけ。だから教会は表向きは布教と技術の提供を行う組織になってる」
そもそも貧民街にいたら教会が何してるかなんて知らないもんな。しかし中央は中央で複雑でめんどくさそうだな。
「教会の動きが読めない以上、下手な行動はしたくない。そこでヒスイくんに『星の子の代理人』というでっちあげの役を演じてもらって、ニフルがどう動くかを見ます。教会と繋がっているならコンタクトをとるかもしれないからね」
「別に偽者なら俺じゃなくても良くないか?」
「君のことはハイルから教会に伝わってるだろうからね。ニフルと教会に繋がりがあるなら君のことがまた教会の耳に入る。すると、うちからの牽制になるんだよ。そっちが勝手するならこっちも黙ってないぞって」
「駆け引きってややこしいんだな」
「ね〜。ヤダよね〜」
真面目に説明につとめてたクキの態度がゆるっとしたものに戻る。コイツも飄々としてて掴みどころがないよな。
「ちなみにニフルからツタへは、どうやって星の子の情報が伝わったんだ」
「あ〜。なんか酒場で意気投合して一緒に呑んでたら、酔っ払って喋ったらしいよ」
「……それ、絶対に教会が関わってたりしないだろ」
「まあ、念のため。念のためだよ」
クキが軽い感じで笑って言った。
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