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あなたには言えない
隠れ家の扉を開ける。つい数時間前に離れた部屋が、とてと懐かしく感じた。
シムトの襲撃のあと、なるべく早くここから離れようとトーカが急ぎで応援部隊を呼んだ。後のことを任せクキと3人で隠れ家に戻った時には、空が暗くなりかけていた。
リビングの電気をつける。応急処置しかしていないクキの治療をするため、トーカが薬箱を取りに行った。俺はクキを連れてソファへ移動した。
「そんな顔しないでよ。ケガも大した事なかったんだしさ」
クキはそう言うが傷口に巻いた布には血が滲んでいる。シムトの言葉が頭をよぎった。
『君以外には何でもできるんですよ』
「それにしてもヒスイくん、応急処置の手際よかったよねぇ。誰かに習ったの?」
クキが俺に気を使って話題を変えてくれた。
「あ、ああ。学校……アジトで教えてもらったんだ」
「そうなんだ!いいなぁ。アジト楽しそうだよねぇ。俺も行きたい」
「お前は絶対連れてかんぞ」
トーカが薬箱を手に戻ってきた。
「え〜。ケチ〜」
クキが半分楽しみながら文句を言っているが、トーカは無視して治療の準備をしていく。
「ヒスイ、手伝ってくれ」
言われるままに箱から包帯を出して用意したり、薬を渡したりしていく。トーカはテキパキとあっという間に治療を終え、そのまま薬箱を戻しに行ってしまった。
「トーカ、また様子が変だ」
「ん〜?まあ今回ヒスイくんを連れていきながら、自分が閉じ込められてる間に危険な目にあわせたからね」
「俺が無理やりついてったんだぞ」
「俺が後押ししてね。でもヒスイくんのことは全て責任負おうとしてんのよ、あの人。過保護だよね〜」
「過保護……」
まだ俺は信頼されてないんだろうか。
「ヒスイくんを信じる信じないじゃないんだよ。あれはトーカの問題」
また考えてる事を読まれた。俺はそんなにわかりやすいんだろうか。
「ヒスイくんはわかりやすいよ〜。トーカにそっくりだもん」
ケラケラ笑われる。俺がわかりやすいと言うより、クキが聡いんじゃないだろうか。
「でも、そうだねぇ。アジトに帰るなら俺はついてけないし、このままってのも心配だなぁ。よし!ここはクキさんが一肌脱いであげましょう!」
そうか。仕事は終わったし、もうアジトに帰るんだな。みんなの顔を思い出してなぜだか不安がよぎった。
「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ〜」
その晩、俺はクキの指示にしたがって早々に部屋に行った。
『しばらくしたら俺がトーカから色々聞き出すから、部屋で聞き耳たててなよ』
扉を少しだけ開けてリビングの様子を伺う。クキが飲み物を淹れて戻ってきたところだ。
トーカはこちらに背を向けてるので表情はわからない。
「で、なにをそんなに思い悩んでるのかな」
直球だな!
でもトーカに驚いた様子はない。クキっていつもこんなんなのかな。
「何のことだ?」
「しらばっくれちゃって〜。ずっとテンション低めだったっしょ。ヒスイくん心配してたよ〜」
「………」
「どうせシムトのことでしょ」
トーカが少し反応する。
「あいつがいるかもと考えてたのに迂闊にヒスイくんを残していって、あげくに危険な目にあわせた。全部俺の責任だ〜とか考えてるんでしょ」
「………」
「それはヒスイくんに失礼なんじゃない。あの子は覚悟を決めてあの場にいたんだ。ついでにヒスイくんといた俺にも失礼」
クキ、さりげなく自分の文句も伝えてるな。
「……はあ〜。わかったよ。話すよ。話せばいいんだろ」
「そうそう。クキ様の追及からは逃れられないんだから」
「本当に。お前は強いね。……いや、弱いのは俺だけか」
降参とばかりに両手をあげて、トーカは素直に語りだした。
「お前たちを信じてないわけじゃない。でもシムトとのことを聞いた時に怖くなったんだ。ヒスイが目の前で仲間を失ってたかもしれない。ヤドの庇護下にあることを、強制的に人を傷つける道具にさせられてたかもしれない」
「でも、あの子は自分の力で道を切り拓いたよ」
「ああ。あいつは強い。全て受け入れて前へ進んでる。わかっているのに怖いんだ。勝手だろ。あいつには言えやしない」
「まるで親だねぇ」
「親……か。立場上、俺は家族は作れないだろうと思ってたんだけどな。自分が傷つくのは平気でも、相手にはできるだけ安全な所にいてほしい。こういうのを親心っていうのかね」
「親になったことないからわかんないけど。いいなぁ。愛だねぇ」
クキがしみじみ浸っている。トーカは全部話してしまって完全に脱力していた。
「あ〜あ。ヤドが代替わりしたら、適当に命の捨て所を見つけて死ぬつもりだったんだけどなぁ」
「え⁉︎なにそれ!初耳なんですけど!」
俺も驚いて声が出そうになる。慌てて手で口を押さえた。
「ヤドの庇護っていう理由が無くなったら、もういいかなと思ってたんだよ。組織のみんなのことが心配だったから次のヤドについては少し探ってたけど」
「そしたらヒスイくんに会っちゃったってわけだ」
「ヤドの車を張ってたらいきなり子供が乗り込むんだから、ビックリしたよ。シレーッとそのまま出てくるし。ほっとけないから会いに行ったら、なんか捨てられた子犬みたいな目してるしさ。あれこれ世話焼いてるうちにすっかり気分は親ですよ」
「それはそれは。キチンと育てあげるまでは死ねませんな」
「ほんと厄介なものに関わってしまいましたよ」
笑い声が2人分あがる。トーカの雰囲気はすっかり優しいものになっていた。
俺はそっと扉を閉めてベッドに向かった。思わぬトーカの本音にどうしたらいいかわからなくなって、布団を頭まで被って丸まる。気づくとそのまま眠ってしまっていた。
「おはよう」
翌朝起きると、2人はもう起きて朝食の準備をしていた。
「おはよ〜。よく寝れた?」
クキがウインクしてくる。そっと近づいて「ありがとう」と昨夜の礼を伝えると、もう一度ウインクして食事の用意に戻っていった。
「ヒスイ、食べたらアジトに戻る準備をしてくれ。昼までには出発する」
朝食中にトーカからこの後の予定を伝えられる。
「わかった」
「俺はケガが治るまでここで療養の許可でたもんね〜。夢の自堕落生活」
「治ったら休んだ分も働けよ」
「オニ!」
トーカもいつも通りに戻ってる。良かった。昨日聞き耳たててたことは言えないけど。
「クキはここに残るのか」
「うん。ケガが治るまではね」
「俺も残れないかな」
2人に不思議な顔をされる。
「ヒスイくん……」
「アジトに戻るのが怖いか?」
トーカに本音を言い当てられてビクッとなる。
「今回のことで気づいたんだな。自分のせいで周りが傷つけられるかもしれないと」
素直に頷く。顔を上げられず俯いていると、クキの傷が目に入った。
「ヒスイ、俺の目を見なさい」
トーカは真っ直ぐに俺を見ている。
「お前が今の立場を受け入れるなら、決して孤独になってはいけないよ。アジトのみんなのことは大丈夫。お前を1人にしないために俺がいるんだから」
昨夜のトーカを思い出す。親のような気持ちだと。その言葉が実感となって俺に染み込んでいった。
「うん。わかった。食べたら支度する」
「急がなくていいからな」
母さんが死んでから、こんな風に誰かの温かい目を向けられる日が来るなんて思ってもいなかった。
「寂しいよ〜。俺のこと忘れないでね」
隠れ家を出る時、クキが大袈裟に泣いて抱きついてきた。
「どうせいつも俺の仕事を手伝ってんだから、また会えるだろ」
トーカは呆れ顔だ。
「そうだけど〜。ヒスイくんホント可愛くて弟みたいなんだもん」
父親に続いて兄貴までできたみたいだ。そのうち大家族にでもなるんじゃないか。
「トーカにいじめられたら言うんだよ〜。弱みはいっぱいにぎってあるかね」
「やめろ」
あはははと笑いながら「大丈夫だよ」とクキを抱きしめ返す。その後しぶしぶ離れるクキに礼を言って出発した。
クキは俺たちが見えなくなるまで手を振っていた。
アルアの待ってる車が見えてきた。
ああ、終わったんだな。
ふっと出たため息に、トーカが「さあ、帰ろうか」と優しく微笑んでいた。
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