視界の先

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視界の先

「はっはっは。それは災難だったな」 夜、アジトに帰ってきたトーカに昼間のソアラのことを話すと大声出して笑われた。 「いきなり耳元で言われて思いっきり驚いたんだけど」 「まあ人に聞かれたくない話だからな」 「話した後にやたら笑顔なのが怖いし」 「信頼して欲しかったんだろ。困った時に頼ってもらえるように」 「いや、どう見てもお前の秘密を知ってるぞと脅してるようにしか見えない」 トーカはもう一つ大笑いをして涙を流しながらソアラの擁護を始めた。 「いや、あいつに人を脅すなんて考え1ミリもないよ。お人好しの塊みたいなヤツなんだから。本当に!単純に!お前を心配してんだよ」 擁護してる人間がまず信頼できないので微妙なラインだが、まあ多分コイツの言う通りなのだろう。 「午後からずっと緊張しっぱなしだったのがバカみたいだな」 「その緊張に気づかないのもまたソアラなんだよな。残念なヤツ」 「残念だけど信頼はするよ。少なくともお前よりは」 「結局そう言う話になるのね」 なんだよ〜といい大人が拗ねている。 構ってられないので、昨日からほったらかしになっていた荷物の整理をする。カバン一つなのですぐ終わったが、最後に行きどころのないものが一つ。あの金貨だ。 「なあ、俺って人質としての価値あるのか?」 「それはまだわからないな。その金貨がなんなのかにもよるし。サカドって人についても調べてるけど、たぶん上の人間だろうからなぁ」 「上?」 「こちらからじゃ手を出せない人ってこと。なんだい?人質にならないなら追い出されるんじゃないかと心配なったかい?」 「………」 「本当に俺は信頼がないんだなぁ。落ち込んじゃうよ」 はああ〜っとわざとらしく肩を落とされる。だって……人質にするために連れてきたのに、できないとわかれば用無しだろ。 「ヤドのことを知った君を保護する目的もあると言っただろ。ここまでして無責任なことはしないよ。多少の不便は強いるかも知れないけど、安全は保証するよ」 コイツには散々な目に遭わされたし胡散臭いことこの上ないけど、その言葉は信じられる気がした。 「さてと。じゃあ俺はお前を不安にしたソアラに文句でも言いに行ってくるかな」 「は?いや、俺の勘違いだし。わざわざそんな…」 「ははは。冗談だよ。色々話し合わないといけないことがあるから行ってくるだけだよ。子供は先に寝とけよ〜」 「……子供扱いすんな!」 揶揄ったり子供扱いしたり。ふざけるなと怒りを込めて枕を投げるが、あっさりキャッチされ投げ返される。トーカはそのままヒラリと扉の向こうに消えていった。アイツのことは信頼はしても好きにはなれないなと思いながら布団に横になる。気づくとそのまま寝てしまっていた。 「昨日はごめんね。怖がらせて」 次の朝、学校に行くといの一番にソアラに謝られた。どうやらトーカが話をしたようだ。 「別にいいよ。俺を心配してやってくれたんだし」 「私の悪いところでね。どうにも人に誤解されやすい態度をとってしまうんだよ。気をつけて笑顔を絶やさないようにしてるんだけどね」 その笑顔が逆効果なんじゃないかとツッコミそうになったがやめといた。 「あ、今日はね。イッカ君とウノ君が食事当番の日だからヒスイ君にも体験してもらおうと思って。今2人に道具を取りに行ってもらってるよ。ほら、来た来た」 先端に金属のついたデカい棒やらバケツやらを持った2人がこっちに手を振っている。 「まずは畑からだね。行っておいで」 背中を軽く叩かれ2人の所に行くよう諭される。何ことだかわからないまま俺は2人と合流して、広間から続く広い道へ歩いていった。 「畑仕事は始めてだろ?」 「と言うか、畑が何なのか知らない」 「やっぱりそうだよね〜。僕らもここに来るまで見たことなかった」 「貧民街あるあるだな。着いたぜ、ここが我らの食糧事情を支える畑スペースだ!」 道の先には広間と同じくらいのスペースがあり、所狭しと植物が植えてあった。赤い実のついてるもの。葉っぱだけがピョコピョコ等間隔で生えているところ。見上げるくらい背の高い植物もあった。 天井がなくて空が見えるようになっているので陽の光が少し眩しい。 「これが……畑……」 「そ。ここで作られた野菜や果物が俺たちの飯になるわけだ」 「お肉やお魚は手に入った時に保存食に加工するんだけど、それは難しいから一部の人しかできないんだよ。僕はまだ勉強中」 それで昨日はあんなに頭を抱えて勉強してたんだろうか? 「ほら。今日やることは聞いてあるから、ちゃっちゃとやっちまうぞ」 まずは先が尖った金属がついてる棒で土を柔らかくしていく。ちなみにこの道具はクワと言うらしい。 柔らかくした土に一つ一つ小さい粒を置いて土をかけていく。 「粒じゃなくて種な。これが育って実がなるんだよ。それを食うの」 これがあっちにあるようなデカい植物になるのか。植物自体あまり見たことがないから不思議だ。 そのあとは場所を移動して収穫。赤い実を根本で切っていく。 「これはトマトだよ。酸味と甘味があっておいしいんだぁ」 まさに今食べてるような顔でウノが教えてくれた。そう聞くと一つ摘んでみたくなったが、大事な食糧を軽々と食べてはいけないとカゴに戻した。 「いよ〜っし。調理班が待ってるから急いで持ってこうぜ」 イッカの声を合図に3人で調理室へ向かう。 料理室では20人くらいがバタバタと働いていた。 「トマトありがとう。これは受け取るから、ジャガイモ剥くの手伝ったげて」 入り口近くで作業をしていた女性に指示されて、次の作業場に向かう。 途中で奥を見ると、3箇所くらい並んで火の手が上がっているのが見えた。 「おい!家事がおきてるぞ!」 「ん?……ああ。あれは家事じゃねぇよ。料理に火を使ってんだ。安全な装置で火を起こしてるから大丈夫だよ」 「初めて見たら驚くよねぇ。貧民街あるあるだね」 3度目の貧民街あるあるを聞きながら、俺は火から目が離せなかった。火なんて火事でしか見たことがなかったから、自分で使うなんて考えたこともなかった。 「こんにちは。ジャガイモ剥き手伝いに来ました」 ウノが声をかけると大柄な男性が嬉しそうに振り返った。 「おお。助かるぜ。あと少しだから全部お願いしていいか」 「いいですよ〜」 「じゃあ俺は茹でる準備してるから、できたら持ってきてくれ」 よろしく〜と男性は火の方に向かって歩いていく。あの人も火を使うのか。ここでは普通のことなんだな。 「ほい、ヒスイ。これお前の包丁な。今から剥き方説明するから」 ナイフを渡され、目の前で茶色い塊のまわりが削ぎ落とされる。なるほど、周りの色の濃い部分を取ればいいんだな。 これなら簡単だと同じようにやってみせる。 「はは。やっぱりナイフの扱いは慣れたもんだな。貧民街あるあるその4だな」 貧民街あるある多すぎだろうとも思うが、今までいた世界がいかに狭いところだったのかを改めて感じる。同時に、俺はあそこを出てきたんだなと実感した。 その後も色々手伝いをして昼飯となった。火には怖くて近づけなかったが、畑仕事も料理も新鮮で楽しかった。 自分達が手伝った料理はもちろん美味しくて、3人ともあっという間に食べ終わった。 食事の後は皿洗いをしたり、また畑仕事をしたり、夕飯の手伝いをしたりで1日が終わっていった。 「じゃあ、また明日な。おやすみ〜」 「おやすみなさ〜い」 「ああ。おやすみ」 2人と別れて部屋に向かう。 おはよう。おやすみ。また明日。そんな事を毎日言う相手が家族以外にできるなんて考えもしなかった。 『初めての友達になれるといいね』 トーカの声が頭に響く。友達……なんだろうか? 昨日まで生きていた世界とあまりに違いすぎるので考えが追いつかない。でも、ここでの生活に幸せを感じている自分がいるのは確かだった。 「ただいま〜」 「おかえり」 部屋でゆっくりしているとトーカが帰ってきた。毎日ずっと外に出てるが何してるんだろうか?聞こうとしたが、自分が助け出された経緯を考えるとロクな事じゃなさそうなのでやめた。 トーカはというと、しみじみといった顔でこちらを見ていた。 「なんだよ?」 「いや〜。おかえりって言われるのっていいなと思って」 「みんなに言われてるだろ」 「仲間に言われるのと、部屋で待ってる家族に言われるのでは違うの」 「誰が家族だ。あとお前のことなんて待ってない」 「ヒドいなぁ。でも今日はご機嫌じゃないか。何かあったのかい?」 「……べつに。今日は一日あの2人と畑仕事やら料理やらしただけだ」 「ああ、食事当番だったんだね。楽しかっただろ?俺も畑仕事好きなんだよねぇ」 「……まあ。楽しかったと言えば楽しかったけど」 「2人とも仲良くなれたみたいで良かったよ〜。友達っていいもんだろ?」 「……もういい!今日は疲れたらもう寝る!」 トーカの言葉になぜだかむず痒い気持ちになって、そのまま布団をかぶって会話を打ち切った。 「おやすみ」 優しい声が聞こえたが、俺は寝たフリをして返事をしなかった。 アジトに来て1ヶ月が経った。 俺はここでの生活にもすっかり慣れ、学校で勉強したり持ち回りの仕事をしたりと忙しく過ごしている。 イッカとウノとも毎日一緒だ。 「イッカは大工になりたいのか」 「そ。あと2年もしたらここを出て、街で大工に弟子入りするつもりだぜ」 「ウノは?」 「僕は何か食べ物を扱う仕事がしたいんだけどね。計算が苦手で」 「いつもノートに向かって頭を抱えてるのは、それだったのか」 「見てたの⁉︎そうなんだよ。頑張って勉強してるんだけど……」 「でもだいぶ間違わなくなってきたじゃんか。お前人当たりいいから接客に向いてるし。大丈夫大丈夫」 「そうだといいんだけど……ヒスイは何かやりたいことあるの?」 「俺……?」 考えたこともなかった。ずっと目の前のことに手一杯で。それはここに来てからも同じで、将来のことなんて考えたこともなかった。 「どうかな?学校でもまだ基礎を学んでるとこだし。まだわからないな」 「そっか〜。そうだよね。まだここに来て1ヶ月だもんね。ゆっくり考えたらいいよ」 「そうだ。焦ることないぜ」 2人は「気にするな」と明るく気遣ってくれた。その気持ちは嬉しかったが、俺は心に小さな引っかかりができたのを感じていた。 その晩、いつものように2人と別れて部屋に戻った。トーカは3日ほど帰ってきていないので誰もいない。たまにあることだった。数日戻らないと思ったらひょっこり帰ってくる。でも今日はいて欲しかったなと、ガラにもない事を考えていた。 「ふぅ〜」 ポスっとベッドに倒れ込む。 最初は布団だけだったが、ベッドの余りがあったので使わせてもらえることになったのだ。運び込まれるベッドを見て「まだしばらくはトーカと同室なんだな」と少しウンザリした。 「やりたいこと…かぁ…」 ベッドでゴロゴロしながら独り言がもれる。 『そもそも、俺ここから出れるのかな』 イッカ達とは立場が違う。俺が連れてこられたのはヤドと関わったからだ。 人質にという話を抜きにしても、ここから出すにはリスクの高い人間だろう。もちろん俺自身にも外は危険だ。 『なら、一生ここにいるのかな…』 もちろん、ここがイヤなわけではない。学び、作り、自分達の力で生活を送っているここのことは好きだ。ここに残ってみんなのために働いている人もいる。でも…… ヤドのことを知ってしまった。自分のいた世界がどれだけ小さかったのかも知ってしまった。 もっと広い世界が見たい。ヤドが命をかけて守っているこの世界のことを知りたい。 ………トーカみたいにこの世界の歪みと闘いたい。 「……な〜んて、自分の立場もあやふやなのに何考えてんだか」 それこそガラにもないことを考えて、と勢いよくベッドから起き上がる。 シャワーでも浴びてこようと用意してると、トーカが勢いよくドアを開けた。 「お…おかえり…」 いつもはノックしてから「ただいま〜」と言ってゆっくりドアを開けるので、突然の登場に面食らう。心なし険しい顔をしていたが、怯えているのが伝わったのかトーカは慌てて笑顔を作る。 「すまない。考え事しててノックを忘れた」 いつもの雰囲気に戻ってドアを閉める。 「ヒスイ、突然だが明日から中央に行くぞ」 「中央?」 「そ。中央。ソアラに正式名称は習ったか?教会、貴族、軍の本拠地がある都市、アマイトだ」 「なんでまた急に」 「ヤド関連でちょっと調べたいことができてね。お前にもきて欲しいんだよ。当然危険もあるから無理にとは言わな……」 「行く!」 かなり食い気味に返事をしてしまって少し恥ずかしい。でもなんてタイミングだ。自分の望みを自覚した途端に話が舞い込むなんて。 「やる気満々みたいで嬉しいよ。でも危険だと判断すればすぐ帰すからね」 「そんなに俺は信頼がないのか」 今度はトーカが面食らった顔をする。どうだ。してやったりな顔で見上げてやる。お互いプッと吹き出した。 「そうだね。信頼して欲しかったらまず自分からだ。よろしく頼むよ、相棒」 「仕方ないな、手を貸してやるよ」
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