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覚悟と涙
翌朝はまだ薄暗いうちからの出発となった。イッカとウノに挨拶してから行きたかったけど仕方ない。
またプテノでの移動かと不安だったが、用意されたのはゴツい車だった。タイヤだけでも普通の車の2倍はある。
後ろの席に乗り込むと、窓には細工がしてあって外が見えなくなっている。運転席との間はカーテンで仕切られていた。
「なるほど。この車でみんなを連れてくるから、アジトの場所はわからないようになってるのか」
「ご明察。みんなには『砂嵐とかの関係で窓を強化しないといけない』とか言って誤魔化してるけどね」
トーカは俺と一緒に後ろに乗り込んでいる。運転席には見たことのない女性。運転担当らしくてあちこち走り回ってるから、みんなにあまり知られてないらしい。
「人のいるとこに入ったら別の車に乗りかえるから。それまでに今回の仕事について説明するな」
体に力が入る。考えればよく何も聞かずに飛び出してきたもんだ。我ながら無謀な事をしてる。
「ソアラに都市の位置関係については学んだな。まず教会の信仰の中心であるテラスタワー。それを中心に教会と軍の本部、貴族の住居のあるアメイト市がある。通常『中央』だ。それをグルッと囲む形で一般層がすむ市民街が6つに分けられて存在し、そのさらに外側に点在するのが貧民街だ。ちなみに俺たちのアジトは貧民街よりもさらに外側にある」
ここまではソアラに習ってたのですんなり理解できた。
「で、今回行くのは中央。と言っても市民街に近い郊外だ。中心部ほど警備も厳しくないから、そんなに身構えなくていい」
硬く握った手を見られる。全てお見通しか。
「そこにツタ・カランという貴族の別荘があるんだが、最近妙な噂があってな。星の子がそこに住んでると言うんだ」
「星の子?ヤドのことか?」
「そう。星の子は軍での暗号名。本来軍の一部の人間しか知らない言葉のはずだ」
噂の内容はこういったものだった。
『教会は権力に溺れ、とうに神から見放された。新しい神の使いとして星の子が現れた。教会に意を唱えるものよ集え』
「信仰宗教を立ち上げるふりをして、実際は縋ってきた人から金を巻き上げるのが目的みたいだね」
「にしても、星の子の名前を使うのはおかしいだろ」
「そこなんだよねぇ。ただの偶然なのか。軍の人間が関係してるのか。そこを調べようってが今回の目的」
「軍が関係してたら大事になるんじゃないのか」
「軍本体が関わってる可能性はないと思うよ。教会、軍、貴族の役割は習っただろう。教会はヤドを使って世界を安定させる技術集団。軍は治安維持。貴族は政治。それぞれが領分を守ることでバランスをとってる。だからみすみす相手の領分を犯すようなことはしないさ」
「なら軍の人間が関わってるってのは」
「裏切り者か。すでに退役した人間か」
「それを調べにきた軍の人間と鉢合わせたらどうするんだ?」
「それは……まあ、そのことについては後で説明するよ。もう着きそうだ」
「待て!そもそもの俺を連れてきた理由がまだだぞ!」
「ああ。今のヤドの顔を知るのはヒスイだけだからね。一応本物かどうか見てもらうためだよ」
「首実験ってやつか」
たしかにそれは俺しかできないが、なんとなく落胆する。もっと活躍できるとでも思ってたんだろうか。
「まあまあ、落ち込まないで。潜入したり情報をひきだしたり、なかなか大変な役目だよ。さあ、車を乗り換えるから降りようか」
慰められつつ不穏な事を言われた気がするが、気にせず車を降りる。
自分でやると言ったのだ。今更やめるつもりはない。
普通の車に乗り換えて市街地を進んだ後は電車に乗った。動くデカい鉄の塊に目を輝かせそうになったが、トーカがニヤニヤしてたので抑えた。電車を降りると、もうそこは中央だった。
「少し歩いたところに問題の別荘があるから向かうぞ」
「しかしそんな情報どこから仕入れるんだ」
「うちの協力者には色んな人がいてね。今回は貴族の協力者からのタレコミ」
「ふ〜ん。なら教会や軍にも協力者がいるのか」
「そうだね。だから今回軍の人間とバッティングしても心配ないんだよ。この件の担当はうちの協力者だからね」
「なるほどな」
「さて、そろそろ別荘が見えてくる頃だから作戦を話そうか。とりあえずヒスイにしてもらうことは『黙っている』ことだ」
「は?」
「俺たちは近くの市民街に住んでる親子。お前は生まれつき声が出ない。どんな医者に見せても教会に縋っても治らなかった。なぜ息子がこんな仕打ちを受けなければならないのか!きっと今の教会に神の加護がないからだ!」
トーカの一人芝居が始まった。久しぶりだな。相変わらずウザい。
「というわけで、星の子が神の使者なら息子に声を与えてくれるんじゃないかと別荘を訪ねた。という設定で潜入します」
「随分適当な設定だな」
「まあ向こうも細かいことは気にしてないさ。現状に不満を持ってるヤツらを騙して金を巻き上げることしか考えてないんだから」
「なんだか頭の痛くなる化かしあいだな」
とりあえず俺は黙ってればいいんだな。潜入なんて初めてなんだから、あれこれ考えても仕方ない。言われた通りにするだけだ。
「さあ、あれが今回のターゲットだ。張り切って行くぞ!」
指差した先に、2階建ての古めかしい建物が見えた。
「そうですか。息子さんの声が。それはさぞやお辛いでしょう」
「そうなんです。どこに行っても治らなくて……きっと教会が神の怒りを買って加護を失ったせいです」
俺たちはすんなりと別荘の中へ案内された。
出迎えてくれた男性が話を聞いてくれている。40代半ばのスラリとした長身で、如何にも貴族然としている。この人がツタ・カランなんだろうか?
トーカは芝居モードに入ってシクシクと涙まで流していた。
「そういう方たちが救いを求めてたくさんいらっしゃるんです。星の子様も心を痛めておられます」
「星の子様!そう、こちらにおられると聞きました。一目お会いできたら息子の声も治るんではないかと」
がっつき過ぎじゃねぇか。よく怪しまれないな。
「星の子様にお会いできるのは徳を積まれた方だけです。星の子様は現在の教会が支配する世界を嘆き、我々が教会に代わるための力を求めておられます」
「力というと……?」
「お布施です」
こちらもしれ〜っと金を要求してきやがる。
「そうですか。うちにはそんなに蓄えがないですが、用意できるだけを明日持ってきます」
「お布施は気持ちですから金額は関係ありませんよ。また明日お待ちしております」
丁寧に見送られ、俺たちは別荘を後にした。
「いくら何でも胡散臭すぎねぇ」
「思ってた以上にエセ感満載だったね〜」
用意されていた宿で先ほどのやりとりについて話していた。
「あんなんによく騙されるな」
「追い詰められていたり怒りに駆られていると、人は冷静な判断が出来なくなるからねぇ」
「そうやって、困ってるヤツから金巻き上げんのか」
「なかなかの悪党だよね」
俺もスリやってたから人のことは言えないが、ロクでもないヤツらだな。
「で、明日は金持ってまた行くのか」
「そうだね。約束もしたしね」
「それで星の子に会って顔を確認すればいいんだな」
「そうだね。ヒスイは星の子に会えるだろうから、確認よろしく」
「お前は?」
「たぶん別行動になると思うから。あ、心配しないで大丈夫だよ。ヒスイは確認だけしてくれれば何もしなくていいから」
いや、その言い方凄く心配になるんだが。
問い詰めようとしたが、それ以上は言わないよとばかりに目線を送られたので諦めた。
「貴方のお気持ちは受け取りました。では、星の子様のお部屋へご案内いたします」
翌日、別荘を訪ねると昨日と同じ男性に応対され、金を渡したらあっさりと星の子への面会が許された。
長い廊下の先にある部屋の前に連れて行かれる。
「星の子様はこちらにおられます。入られるのはご子息様だけでお願いいたします」
「そんな!私は入れないのですか」
「星の子様はお力を使うのに精神を集中されます。他の人間がいると邪魔になってしまいますので」
「そうですか……わかりました。私は行けないが大丈夫だぞ。安心して行ってこい」
肩に手を置かれ、ドアの方へ向かわされる。
「私が扉を閉めましたら、カーテンの向こうへお進みください」
ドアを開けて中に入る。入るとすぐにカーテンに視界を遮られた。左右には何もない。
後ろで扉の閉まる音がする。カーテンの奥へと進んだ。
「いらっしゃい。迷える子よ。どうぞこちらへおいでなさい」
部屋の奥に少年がいた。神父のような衣装を着て椅子に座り、こちらに来いと手を差し出している。
『違う………』
予想通りだがナズとは別人だった。歳は近そうだが、髪の色も瞳の色も顔立ちも全く違う。
「どうしました?」
訝しがられた。ヤドかの確認さえすればいいと言われたが、怪しまれたら良くないだろうか。ひとまず言われた通りに少年のほうへ歩いて行く。
差し出された手を取った瞬間……
腕を引かれて腹に一発蹴りを入れられた。
「グッ………」
油断した。俺はその場に倒れ込んでゲホゲホとえずく。
「おやおや〜?たしか君は喋れないのでは?でも今一瞬声が出ましたよねぇ」
髪を掴まれ無理やり上を向かされる。のぞこ込んできた顔は醜悪そのものの表情をしていた。
「お前たちのことは調べはついてる。軍や教会関係ではないみたいだが、こそこそ俺たちのことを調べまわってどういうもりだ?」
返事の代わりに睨んでやる。やれやれといった顔でため息をつかれ、手を離された。
「まあいい。それはもう1人の男に聞けばいいからな。本題はこっちだ。お前、貧民街出身だろ」
体がこわばる。少年が面白くて堪らないといった顔で笑った。
「やっぱりな。貧民街出身のヤツはすぐわかる。扉に入る瞬間に左右を警戒するからな。ヤバいことに手を出してたヤツほど特にだ」
「だから何だ。何が言いたい」
「お、やっと話す気になったか。別に責めてるんじゃねぇぜ。俺も貧民街出身だからな。チマチマちっせぇ犯罪で稼いでたところをツタに声かけられたんだよ」
やっぱりあの男はツタ・カランだったのか。
トーカはどうしてるんだろう。
「あの時チャンスを逃さなかった自分を今でも褒めてやりたいよ。ここは飯はうまいし危険はないし、まわりは平和ボケしてるバカばっかだしな!お前もそう思うだろ?」
………違う。
俺が貧民街を出て感じた食事のおいしさはそんなんじゃない。もっと温かくて心に沁みてくるものだ。周りの人達だって、一緒にいて嬉しくなる人達だ。
「お前はあの男に拾われて貧民街を出たのか?なあ、なら俺たちの仲間にならないか?お前なら役に立ちそうだし、子供役がもう1人欲しいと思ってたんだよ。悪い話じゃないだろ?」
「……ない……」
「……あ?」
拳に力が入る。怒りにも似た感情が口を動かす。
「お前たちの仲間になんてならない!俺はそんな事するためにあそこを出たんじゃない!」
瞬間、顔を思いっきり床に叩きつけられた。
「チッ。なんだ。平和な場所に出て能天気なヤツらに影響されたか。あそこにいたなら、わかんだろ!騙して奪って!力が強い奴が最後まで生き残るってことが!」
少年の手で何か爆ぜた。次の瞬間手のひらの上に火が燃え上がり、顔に近づけられる。
恐怖で動けなくなった。
「貧民街あるあるってな。お前出てきたの最近だろ。あそこから出てきたヤツは火を怖がるんだよ。慣れるまでだいぶ時間がかかる」
火が目前に迫る。恐怖で目を開けていられない。
「ちょっとばかし顔に火傷でも負わせてやれば、大人しくいうこと聞くだ……
「はい。そこまで〜」
見慣れた声がする。恐る恐る目を開けると、トーカが少年の火を持つ腕を捻り上げていた。
「!イテテテテ!」
「ダメだよ〜。うちの可愛い子をいじめちゃ。そんな悪いことする手はこうしちゃうから」
ボキッ!
嫌な音がしてトーカが腕を離すと、少年が崩れ落ちた。痛みで声も出せずに悶えている。
そんな少年を意にも介さず、トーカはこちらに来て俺の前にしゃがんだ。
「手酷くやられたね。すまない。来るのが遅くなってしまって」
手を差し出して俺を立たせる。傷の具合を確認しながら申し訳なさそうにしていた。
「別に大したことねぇよ」
ホントは体はボロボロだし足も震えてるけど、ここに来ると言ったのは俺だ。トーカに責任を負わせるつもりはない。
「あいつは星の子じゃない。偽物だったぜ」
蹲っている少年を指差して教える。
トーカは目を丸くて笑い出した。
「あははは。いや恐れ入ったよ。お前は凄いね。きちんと自分の役目を果たした。ありがとう。お前のおかげで今回の件は解決だよ」
「俺は殴られてただけだろ。解決って、俺が部屋にいる間に何があったんだよ」
「それは帰りながら話すよ。まずは手当しないと。外に出よう」
「アイツはほっといていいのか?」
「後始末はお願いしてるからね。我らはさっさと退散しましょう」
わからないことだらけだが、トーカに急かされ別荘を出た。
外には軍服を着た女性が立っていて、腕を組みながら話しかけてきた。
「一通り終わったようだな」
「おや。お早いお着きで」
「ふざけるな。すべて終わる頃に我らが着くように計算して連絡してきただろう」
「さてはて何のことやら。ああそうだ。コイツはヒスイ。うちの新人。ヒスイ、こちらはミリッサ大尉。うちの協力者だよ」
ミリッサ大尉と呼ばれた女性は、真っ直ぐな姿勢のままこちらを向いて敬礼してきた。
「ミリッサだ。此度の協力、感謝する。酷い怪我だな。うちの者に手当てさせようか」
「結構です〜。うちの大事な新人なんで、俺がちゃんと治療します〜」
「大事な新人ならこんな怪我を負わすな。君も災難だな。こんな男に気に入られて」
「本当です。できればすぐにでも縁を切りたい」
ミリッサ大尉は思いっきり吹き出した。トーカは「そんな…」と大袈裟にショックを受けたフリをしている。
「面白い少年だな。肝の座り方といい、気に入ったぞ。任務で一緒になることがあればよろしく頼む」
手を差し出されたので慌てて握り返す。優しい、相手のことを気遣った握手の仕方だった。
「さて、私は後始末があるのでそろそろ失礼する。トーカ、ヒスイくんの治療が優先だが、済んだら子細連絡しろよ」
手を降りながら別荘の中へ入っていく。去り際まで凛としていて、カッコいい人だなぁと見惚れてしまった。
「さて、我々も宿に戻りますか」
「で、今回の件はどういうことだったんだ?」
宿に戻ってトーカに怪我の手当てをされながら、ずっと気になっていたことを聞いた。
「ああ。実は昨日別荘を出た時点でアイツらの仲間につけられてたんだよね」
「!そうだったのか!」
全然気づかなかった。思わず身を乗り出しかけて「治療が先!」と押し戻される。
「それ自体は予想済みだったんだけどね。アイツらの手口は、相談にきた人をいったん帰して身辺調査してから対策を決めるってわかってたから。こっちも仲間を使って俺たちの偽情報を掴ませたんだよ」
「俺の知らない間に……」
「知ってて顔に出ちゃうといけないと思って。ごめんね。でもおかげでアイツらの仲間を把握できたし、俺たちを仲間に引き込みやすそうだと思わせることができたからね。あとは仲間に入るフリして情報を引き出してから、待機してるうちのメンバーで一網打尽」
「その間に俺は星の子様にボコられたわけだ」
「まさかここまでするなんて思わなくて。仲間に誘われるだけだと思ってたからさ」
「よく『安心して行ってこい』なんて言えたな」
「お前を不安にさせないためにと思って。一応急いで情報引き出して仲間に突入させてさ。できるだけ早く駆けつけたんだけど、こんなに怪我をさせてしまって……」
「傷が残るような怪我じゃないし、別にいいよ」
「でも………」
「あんな。俺が行くって言ったんだぜ。危険だって覚悟の上だ。それを自分のせいだなんだ言うんなら、もうお前のことは一生信用しないからな」
「はあっ。お前は強いね。さすがは俺の相棒だ」
治療は済んだから大尉に連絡してくるよ、とトーカが部屋を出ていく。
それを見届けると急に力が抜けて、ベッドに腰掛けたまま前屈みに倒れていく。
本当は凄く怖かった。トーカが来た時、抱きついて泣き出しそうだった。でも、プライドがそれを許さなかった。
太ももに雫がポタポタと落ちていく。我慢してた涙が今になって出てきた。
トーカが戻るまで。それまでには泣き止むぞと思いながら、溢れる涙を手で拭った。
次の日、帰りの電車に乗りながら、アイツらが処分されたと聞いた。
星の子役の少年の顔が頭に浮かぶ。
「なあ、トーカはなんでこんな事してんだ?」
いつか聞いてはぐらかされた質問をもう一度してみる。
「ん〜。人が苦しむような世界を、アイツが命をかけて救ったと思いたくないからかな」
列車の音にかき消されてうまく聞こえない。
「なんて?」
「まっ、世界をよりよくしたいってだけさ」
なんか。またはぐらかされた気がする。
「なんでそんな質問するんだい?」
「別に…ただ聞きたくなっただけだ」
「そのわりには腑に落ちないって顔してるよ」
頬を摘まれ横に引っ張られる。
手で叩いて怒るとケラケラ笑われた。
「なあ、星の子の役をやってたヤツがいただろ。あいつと俺の立場が、境遇が、もし逆だったらどうなってたと思う?」
「ええ?……ん〜。それは誰にもわからないんじゃないか。だってお前は、今ここにいるんだし」
「……そうかな」
「そう。そうだよ。もしもの話なんて、してもしょうがない」
喉につっかえてたものが、すっと無くなった気がした。
「早くアジトに帰りたいな。みんなに会いたい」
「今日中には着くから。みんな『おかえり』ってお前のこと待ってるよ」
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