夏休みの罠と女子の予感

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「クラスのみんなには、絶対、秘密だぞ」  あそこに行こうとした理由が、幽霊のメッセージによるものだと知ったら、きっとボクはバカにされることだろう。  だから、夏休みの自由研究のためだ、と言って、まず朋美を誘ってみたのだが、……これが、よくなかったようだ。 「え? 待って。それって、……? ひょっとして」  朋美の声は裏返っている。そして、若干はにかんでいた。 「まあ、登実樹くんがどうしてもって言うなら、別にいいけど」と、朋美はついに頬を赤らめてしまう。  マズい。デートに誘ったつもりは毛頭なかったのに、誤解している。 「ただ、あかりさんと宏和も、誘おうと思ってるけどね」  これを、ボクは先に言うべきだった。 「え? あ〜、思ってたとおりね」  何が「思ってたとおり」なのか?  そもそも騒がしい休み時間に、しかも、こんなにクラスのヤツらが周りにいる状況で、堂々とデートに誘う男子などいるはずがないのに。 「ヤダ、朋美。登実樹くんからデートに誘われたの?」  ボクたちがいる教室後方に、あかりは冷やかそうと近づいてくる。きっとボクの話していた内容に聞き耳を立てていたことだろう。 「違う違う違う違う違う」と全力で否定する朋美。 「で、登実樹くん。三岐鉄道に乗って、私たちとどこに行こうっての?」  朋美を放置して、あかりはクールに聞いてきた。相変わらずの地獄耳だ。 「北勢線の麻生田駅近く」 「へえ〜、遠いね」 「分かった! 伊勢治田駅から歩いて阿下喜駅を経由するんだろ」  宏和が不意に背後から近づいて話しかけてきたから、心臓が止まるかと思った。そう、こいつも地獄耳だ。  あかねと宏和に、隠し事などできない。 「そのとおり」 「そこで探したいものって、何? 具体的に何か教えてよ」  あかりは、関心を持ってくれている。いや、あかりだけではない。朋美も宏和も、一様にワクワクしていた。  いよいよ、あさってから夏休みに入る。中学生としての最後の夏に、いい思い出になるかもしれない。 「あまり、大きな声で言えないから、……みんな、近くにきてよ」 「何だよ、登実樹。もったいぶってさ」と、宏和は笑う。  あかり、朋美、宏和は、小声で話そうとする内容を聞き取ろうと、片耳をボクの口許に近づけた。 (内緒にしてほしいんだけどさ、駅舎の近くの竹やぶに、……)  ボクは、他の誰にもバレないように囁いた。 「ええ! しゅりゅっ……むぐ!」  大声を発しようとしていた直情的な朋美の口を慌てて塞ぐ。  教室にいたクラスの他のヤツらが、一斉にボクらを見た。 (隠された大昔の手りゅう弾? マジで?)と宏和は興奮して囁く。 (爆破しないでそのままあるの? そんな物騒なもん、見つけたらすごいニュースになるよ)と、あかりは冷静だ。 (デートじゃないってことだよね)と朋美だけズレたことを言っている。  その時、始業のチャイムが鳴る。もう、席に着かなければならない。 (いつ、行くの?)と、あかり。  その時、先生が教室に入ってきた。もう、授業が始まる。 「今度の日曜な!」とこれだけは大声で言って、ボクたちは急いで席に着いた。 ★★★  暑さで寝苦しい夜が続くせいか、このところ、毎晩ボクは金縛りにあう。  大抵は夜中か明け方に目が覚めるのだが、いつも体がまったく動かず、いつも耳許で「苦しい、息が……苦しい」という男性とも女性とも判別できない声が聞こえた。  そして、昨日のことだ。  ボクは疲れが溜まり、学校を休んで自宅のベッドで寝ていたら、昼間だというのに金縛りにあった。明るい時間帯は、さらに恐怖感が増す。いつもの「息が苦しい」という声だけでなく、三岐鉄道の駅舎や列車が走る光景が頭に浮かんできた。  列車も駅舎もかなり古そうだが、ここが市内にある北勢線の麻生田駅前ということは、かろうじて分かる。 「ここにオレがこれを隠しておいた」と駅舎からほど近い竹やぶの中の光景を見せながら幽霊は言った。自分のことを「オレ」というのだから、この人は男性なのだろう。 (これって、……手りゅう弾?)  言葉を発したくても、金縛りで話せないボクは、心の声で質問する。 「そうだ。日本軍の基地から、かっぱらってきた」 (そんな物騒なものをどうして?) 「みんなこの駅から戦地に旅立ち、死んでいった。オレは戦争に行くのが納得できなくて、これで駅ごとぶっ壊して一緒に死ぬつもりだったんだけど、……実行する直前に終戦になってな。だから、ここに隠したという訳だ」  幽霊が「ここ」と言いながら見せてきた竹やぶの光景の中に、巨大な岩がある。 「この岩の真下に土を掘って埋めた。すまないが、お前の手でこれを処理してくれないか?」と訴えてきた。  (あなたは誰ですか?) 「お前が生まれて、その1ヶ月後に死んだ。オレはお前の親族だ」  その言葉を最後に、ボクはやっと体が自由に動くようになった。全身が汗だくになっている。  もう、何が夢やら現実やら、分からない。  すぐにボクは携帯電話で仕事中の母さんに電話した。 「登実樹、どうしたの?」  工場でパートとして働く母さんは、忙しいのか早口で話してきた。 「ごめん、仕事中に。あのさ、ボクが生まれた日の1ヶ月後に死んだ親族っている?」 「どうしたの、急に?」 「いるかいないか、だけでいいから教えてよ。ボクの生まれた1ヶ月後だから、印象深いだろうし覚えてるよね? そんな親族っている? いない?」 「うーん、と……、その頃に亡くなった人というと、……。あー! いたいた。母屋の和助さんね。登実樹のひいおじいさんの弟よ」 「その人は、死ぬ間際、息苦しかったの?」 「息苦しい? うーん、確か……長生きして90歳を過ぎてから亡くなったけど、何の病気だったか覚えてないなあ。最期に息苦しかったかどうかも分からないわね。そういえば、亡くなる間際に生まれて間もない登実樹を見せると、すこく喜んでいたわ」  金縛りの声の主と現実が符号していくのを知ると、なぜか恐ろしい感情が消え、温かい気持ちになってくる。きっと、本物のご先祖さんだからだ。 「ちょっと、登実樹。ごめん。今、忙しくて、もう……」 「母さん、もう、いいよ。ありがとう!」  一方的に、ボクは電話を切る。  今日体験した怪奇現象は、父さんと母さんに内緒にしたいと思った。和助さんは、ボクを頼って、手りゅう弾の秘密をくれたのだから、期待に応えたい。  仲間と一緒に、この歴史的遺品を探そうと思い立ったのは、これがきっかけだ。 ★★★ 「おはよー」  朋美が、大人っぽいミュールとシックな黒のワンピース姿で現れて、つい、二度見してしまった。学校で合うのと、雰囲気が全然違う。  悔しいけど、かわいい。  ……が、竹やぶに行くと言っているのにその格好で大丈夫だろうか? 「全部、登実樹が、悪いんだぞ」  その朋美の姿を見た宏和が、ボクに文句を言う。 「え? ボク? 何か悪いことした?」 「したよ! 自覚ないの? 朋美さんにデートかも、って期待させたから。もう、違う意味でやる気まんまんになってるよ」と、宏和が小声で言う。  その横であかりは笑っていた。 「あれ、登実樹くん、朋美に見とれてない?」  そう茶化すあかりは、スニーカーにパンツルックで、状況を心得ている。でも麦わら帽子をかぶっていて、学校では見ないカジュアルな出で立ちだから、こっちもつい、見とれてしまう……。  夏休みに入って最初の日曜の早朝に、ボクらは最寄りの三岐鉄道三岐線の西藤原駅に集まった。  母さんとは電話で話したきり、和助さんのことを細かく聞いていない。今後も和助さんのことは内緒のままにしておこう。  今年も梅雨が明けてからというもの、予想どおりの猛暑が続いている。快晴の空が、恐ろしい。今日も想像を絶するほど暑くなるのだろう。  ボクらの住むいなべ市は、岐阜県と滋賀県に接さている三重県の一番北にある街。市内には三岐線と北勢線という2つの鉄道路線が走り、それぞれに始点であり終点でもある駅がある。  どちらの路線も私鉄、三岐鉄道の路線で、2つある始点・終点駅の1つがボクたちが今から乗ろうとしている三岐鉄道・三岐線の西藤原駅だ。  まず、ここから三岐線の伊勢治田駅を降りて、徒歩で移動し、もう1つの始点・終点駅である三岐鉄道・北勢線の阿下喜駅に向かう。そして、そこで北勢線に乗って麻生田駅で降りて、近くの竹やぶの岩の下にある手りゅう弾を見つけに行こうという計画だ。  西藤原駅は、駅舎自体が機関車の形をしていて、絵本の世界に入ったかのようにメルヘンチックになっている。駅前の広場にも古い機関車が設置されていて、鉄道ファンにとっては有名なスポットだ。  ここでボクらは、伊勢治田駅までの切符を買った。  三岐線は、今どきには珍しい厚紙の切符だ。  改札は自動ではなく、駅員が切符に印を押す。お馴染みの駅員のおじさんは「みんな、大きくなったなぁ」と声をかけてきた。  定番の黄色い電車に乗り込むと、気分が高揚する。  向かい合わせのロングシートになっている車内で、ボクらは一列に座った。 「ねえ、知ってる? この電車は昔、東京とか埼玉を走っていたらしいよ」  電車が走り出すと、あかりは夢中になって話し出す。 「東京? ここは三重県だよ。まさか」 「ホントだよ。だって、お父さんに聞いたもん。全車両には必ず銘板っていうものが前の方に貼ってあって、……ほら、あそこ。『西武所沢車両工場、昭和四十二年』って書いてあるでしょ」 「ホントだ!」  親がいない電車旅は、ワクワクする。  この電車の車窓から見える光景は、迫力満点だ。  路線は、石灰石を採掘する太平洋セメントの工場内を貫通するように通っていて、レトロな巨大機器や運搬車両、重機などが目に飛び込んできて、まるでジブリの世界みたい。  ボクらはほんの少しの間、無言になって見ていた。 「ところでさ、ホントにあるの、手りゅう弾?」  ふと、朋美は心配そうに言う。 「そう。どうして麻生田駅の近くにあるって、知ってるの? それって、嘘じゃないよね?」  あかりも不審に思っている。 「うーん。多分あると思う」というボクのリアクションに、みんな驚いていた。 「根拠もないのに、オレたちを呼んだのか?」  宏和は、あからさまにボクに文句を言う。 「じゃあ、そんな物騒なもの、この現代に絶対ないって!」  宏和に合わせて、あかりも怒っている。  幽霊の指示に従っている、と言うとバカにされそうで恐い。怖いが、こうなったら、もう、正直に話すしかない。 「最近、金縛りにずっと遭っていてさ。それで、先週、幽霊が話しかけてきて……」  ボクは、信じてもらえるか不安になりながら、和助さんのことを切り出した。  ボクのひいおじいさんの弟である和助さんの話、その和助さんはボクが誕生した一ヶ月後に亡くなっていて、ボクにメッセージをくれた幽霊と一致する話、その和助さんらしき幽霊が手りゅう弾を処理してほしい、とボクに頼んだ話を、順を追って説明する。  意外にも、朋美もあかりも宏和も、真剣に聞いてくれていた。 「なるほど。それは、きっと手りゅう弾があるな!」  単純な宏和は、完全に信じていた。いや、朋美もあかりも、素直に受け止めてくれている。 「駅近くに竹やぶってあるけど、広いもんなあ。終戦って、1945年でしょ? もしあったとしたら、80年近くもよく放置されてたってことになるね」  勉強の成績優秀なあかりは冷静に分析する。 「でも、きっとあるよ」とボクは自分に言い聞かせるように言った。 「登実樹くん。ちょっと、気になることがあるのよね」  朋美は不安そうだ。 「何が?」 「もし、手りゅう弾があったとして、どうして登実樹くんにお願いするのかな?」 「それは、……ボクの霊感が強いからじゃないかな」 「和助さんにとって、登実樹くんは目の中に入れても痛くない存在でしょ? そんな大切な登実樹くんに、わざわざ危険な目に合わせようと思う?」 「きっと、一人前の子孫だと思って頼ってるんだって。オレなら分かるよ」と宏和は言う。 「でも……」と朋美は納得がいかないようだった。 ★★★  あっという間に、伊勢治田駅に到着した。ボクたちは電車を降りて、改札で駅員に紙の切符を渡す。  伊勢治田駅から歩いて、三岐鉄道北勢線の阿下喜駅へと向かって歩いた。  途中で橋を渡ると、眼下に市を代表する清流の員弁川が見える。水は透き通って美しく、涼やかで、飛び込みたい衝動に駆られた。今日はそれくらい、暑苦しい。  古めかしい阿下喜の駅舎に着くと、また切符を買う。  同じ三岐鉄道でも、北勢線は三岐線と違って切符を自動販売機で購入するようになっている。自動改札も導入されていて、近代化が進んでいた。  駅に停車していた黄色い電車に乗り込むと、ボクと宏和、朋美とあかりに分かれてロングシートに向かい合わせで座った。  北勢線の車内は、とても狭い。ナローゲージと言われる、日本で3つしかない狭い線路幅なので、そこを走る電車も横幅は狭い造りになっている。  阿下喜駅からわずか1区間で、目的地の麻生田駅に到着した。  ここからは、ボクが金縛り状態で見た過去の光景の記憶を頼りに、先導する。駅から歩いてすぐに、金縛りで見たのとそっくりな竹やぶが広がっていた。 「いよいよ、だな」と広大な竹やぶを前に、宏和が言う。 「この中のどこら辺にあるか、分かるの?」  朋美はまた、不安そうだ。 「うん。金縛り中に見た景色では、ここから入って線路沿いを右側に進むと、巨大な岩があるみたい。そこの岩の底に隠れているって言ってた」  興奮していたから、すぐにも竹やぶに突入したいが、このまま丸腰で入ると、大変な目に合う。  まず蚊の対策として、ボクらは虫除けスプレーを念入りに体にかけた。そして、足元にはヤマビルがうじゃうじゃいるので、ヒルよけのスプレーを靴に吹きかける。  やっと準備は整った。 「じゃ、みんな、ついてきて」  笹の葉が生い茂り、日中だというのに影に覆われた竹やぶをボクは先に進んだ。  思っていた以上に、この竹やぶは大きく、奥が深い。道なき道を進むと、途中で湿地があって足を取られる。 「キャー!」と背後から金切り声が響き渡ったので、すぐに振り返ると、朋美が青ざめた表情で立ちすくんでいる。 「どうしたの?」とボクが聞くと、ボクの前方右側を指差し、「ヘビ、ヘビ!」と言って震えていた。 「わ、ホントだ!」と宏和も指差す。  目を凝らすと、草が生い茂った地面に、赤茶けた模様のヘビがいた。ちょうどボクらの進路上に待ち構えている。 「これ、アカマムシだよ」  あかりは、そのヘビに近づいて、冷静に言う。 「近づいちゃダメだって!」  朋美は叫ぶが、あかりは笑う。 「マムシは、こっちが刺激をしなければ、襲ってこないから大丈夫だよ。しかも、動きも遅いしね」  あかりは知識がある上に、度胸まである。 「とにかく、ゆっくりと通り過ぎよう」  ボクもヘビは苦手だが、そうも言っていられない。怯えながらもヘビのすぐ横を通り過ぎて、みんなについてくるように促した。  竹やぶとはいえ線路沿いなので、電車が通るのもよく見えた。おそらく電車の乗客も、竹やぶの中にうっすらとボクらの人影が動くのが見えていることだろう。  そして、ボクは急に背筋が凍った。 「みんな、見てよ、あれ!」  大声で前方を指差した。その先には金縛り中に見たのとまったく同じ、巨大な岩が前方に見える。  ここまで符号すると、さすがにボクも怖くなる。  ボク以外のメンバーは、無言で神々しい景色を眺める。その岩の隣には、苔に覆われた、ほこらのようなものもあった。  みんな、小走りで岩に近づく。 「きっと、ここは昔、神社だったんだよ」とあかりは言う。 「ここは、戦勝を祈るための場所だったらしい。地元の人はここで祈って、麻生田駅から戦地に行ったって。そして、多くの人が、戦場で死んだんだ」  和助さんが教えてくれたことを、ボクはそのまま言った。 「じゃあ、何で、放置されてんだ?」と宏和は、問いかける。 「きっと、線路の反対側の神社に合祀されたんだよ?」  ボクに代わって、あかりが答えた。  確かに、おかしい。  合祀したのなら、このほこらはないはずた。 「ここを片付けるのを忘れたんじゃない? それで気が付いたら、みんなこの場所を忘れてしまったとか?」  あかりは笑って言う。  まあ、そんなことは、今はいいや。 「きっと、あの岩の下に、手りゅう弾がある。危ないから、みんなはここで待ってて」と3人を制止して、ボクは一人で岩の下をスコップで掘り出した。  辺りは竹がびっしりと根を張っているから、掘りづらい。力を入れて、少しずつ穴を大きくしていった。  ん?  何か、感触がある!  慎重に、土をなめるように丁寧に掘り下げていく。  これか?  しばらくすると、土の奥から苔のかたまりのようなものが出てきた。 「ダメ! 登実樹くん、戻ってきて!」  突然、朋美が叫ぶ。 「ちょっと待って。怪しいものを見つけたからさ……」  突き出した部分があって、そこの苔を指で払うと、錆びた輪の形をした金具が出てきた。  これだ、きっと!  これは安全ピンに違いない。この突起はきっとレバーじゃないだろうか。  朋美は叫び続ける。 「だから、ダメだって! お願い」 ★★★ 「大丈夫だよ。調べたんだけど、手りゅう弾はそんな簡単に爆発しないのさ。安全ピンを抜いて、レバーを外したらアウトだけどね」 「登実樹くん。やっぱり、おかしいよ。大切な自分の子孫である登実樹くんに、和助さんはそんなことを絶対頼まないって」 「じゃ、誰がボクにメッセージを送るのさ?」 「これは、違う幽霊による罠よ!」 「罠?」 「そう。登実樹くんに取り憑いた幽霊は、和助さんになりすました偽物だよ!」 「意味が分からないけど……」 「生前の和助さんを強く恨んだまま、死んだ人っていない? きっと、その悪霊が子孫に復讐しようとしてる」 「そんな、まさか」  すると、プルル、とケータイの着信音が竹やぶ中な響きわたる。  着信は母からだ。ボクは慌てて電話に出る。 「はい、もしもし」 「登実樹、昨日そういえば、和助さんの話してたよね?」 「うん」 「それで亡くなる間際に和助さんが、息苦しかったかどうか言っていたでしょ? やっと今、思い出したのよ」 「思い出した? 何を?」 「和助さんはね、最期、何も苦しむことなく心不全でポックリと亡くなったのよ。だから、息苦しくはなかったわね」  おかしい。金縛り中、和助さんは息苦しいと常に言っていた。 「やっぱり、変だな。じゃあ、和助さんは生きていた時に、とてつもなく息苦しくなる病気とか、事故験なんかも経験してないの?」 「そうね、……息苦しい事故というと……うーん」  母さんは、話すかどうか迷ってるみたいだ。何があったのだろうか? 「母さん、教えてよ」 「あのね、おじいさんから聞いた話だけど……和助さんは若かりし頃、爆発物で殺されかけてね。その時、呼吸困難で大変な目に遭ってる」 「ん? どうして爆弾なのにヤケドじゃなくて、呼吸困難になるの?」 「その爆弾は、見た目は手りゅう弾みたいだけど、実際は、昔の日本軍が使ってた毒ガス弾ってやつで、最後は肺がやられていくみたいね。幸い、一命をとりとめたからよかったけどね」  手りゅう弾みたいな毒ガス弾……?  まさか。まさか、これ?  ボクは背筋が凍り出した。 「何で和助さんが殺されそうになったのさ?」 「……和助さんは若かった頃、近所の奥さんと不倫をして、モメてね。それで、終戦の頃、その不倫相手が、和助さんと無理心中しようとしたのよ」 「不倫相手は、竹林のいたるところに爆発物を仕込んで、和助さんをそこに呼び出して……。それで、バーンって」  竹林?  何かが、少しずつ符合していく。  ボクの足が震えて止まらない。 「わ、わ、和助さんは助かったけど、そ、そ、その女の人は、ど、どうなったの?」 「その女の人はそれこそ、息苦しい地獄を味わって死んじゃったわ。どうしたの、声が変よ」 「それより、その、その、女の人は、きっと和助さんを恨んでいるよね?」 「そうね。登実樹と和助さんは、顔とか性格が似ているから、あなたも女性には気をつけなさいよ」 「に、に、似ている? そういうことか!」 「どうしたの? 登実樹? 登実樹?」 「そ、その……、事件があった竹林って、……ど、どこ?」 「今の麻生田駅の近くね」  すべてがつながった。そして、最悪の結末が近づいていた。  生きるか死ぬか。  もう、怖がってばかりいられない。  死ぬ気で生き残ってやる。 「登実樹? 登実樹?」  母さんの呼びかけを無視し、素早く電話を切った。そして、急いで朋美とその後ろにいるあかりと宏和に向かって叫ぶ。 「みんなー、ごめん! 朋美さんの言うとおりだよ。これは和助さんになりすました違う幽霊の罠だ! 逃げて! 遠くへ行って!」  察知したあかりと宏和は背を向けて走り出す。しかし、朋美だけは、ボクを心配して立ち止まっていた。 「朋美さんも、早く!」 「いや、登実樹くんと一緒に逃げたい!」  すると、戻ってきた宏和が、朋美を無理やり担いで逃げてくれた。  そして、最後にボクがその場を離れようとすると、不意に紐に足が引っかかって、仕掛けられた手りゅう弾らしきものから、簡単に安全ピンとレバーが抜けた。  しまった! これが大昔にしかけられた罠か!  あと数秒で爆発する。そして、毒ガスが……!  ボクは覚悟を決めた。  爆発物を拾い上げると、線路からできるだけ離れた場所をめがけて、力いっぱい放り投げた。  その手りゅう弾らしきものは、弾丸のように竹やぶを突き抜けて、ボクから離れていくが、やがて力尽きて地面に落ちる。  その瞬間、辺りが光に包まれ、ボクの記憶は飛んだ。 ★★★  また、金縛りにあっていた。目も開けることができない。 「すまない」という声が聞こえる。その声の主は、きっと和助さんだろう。  どうやら、ボクは生きているようだ。  ベッドのとなりに誰かいる。金縛り中でも、それくらいははっきりと理解できた。みんなは無事だろうか?  しばらくすると、ようやく金縛りが解け、目を開けることができた。 「登実樹くん! よかった」と言う朋美が視界に入ってくる。 「みんな、無事?」 「うん、みんなケガ一つしてないよ。風向きがよくて、毒ガスからも逃げられたの。登実樹くんは、少しだけガスを吸って気絶してたけど、大丈夫だって」 「朋美さんからいろいろ聞いたよ」  朋美の背後にいた母が話し出す。 「勝手にあんな場所に行っちゃダメじゃない」とさんざん叱ったあと、母さんは退院の手続きと警察の対応をするために病室を出た。  まだあの爆発から数時間しか経っていない。気絶と入っても、寝ていた時間はわずかだ。  朋美によると明日には、ボクも警察に事情聴取されるらしい。何せあの爆発物は殺傷力の強い旧日本軍のものだから、処理する警察官の方が大変だったに違いない。 「なあ、どうして朋美さんは、あの時、罠って分かったの?」 「うーん……女子の予感、かな?」と照れて笑う。 「女の人って、死んでからも怖いね」と言うと、朋美が普段見せたことのない迫力のある険しい表情になった。 「実はね、私も今日、登実樹くんを恨んでたの」  ボクはまた、背筋が凍る。 「どうして?」 「だって、今日、私よりもあかりと話す時間の方が長かったし、私よりも、あかりを見ている時間も長かったじゃない」  ボクは、急に息苦しくなって、殺されるのではないか、という恐怖感に包まれた。  すると、朋美は「嘘!」と突然、とびきりの笑顔になってボクを見る。よかった。 「ねえ、来年、一緒に桑名高校に行かない? 今日乗った北勢線に乗って、毎日通学できるよ。レベルの高い進学校だから、落ちないようにお互い、受験勉強、がんばろうよ」 「いいよ」と、ボクはすぐに返事した。なぜならボクの第一志望校も桑名だからだ。 「毎日、あの爆発現場の前を通過して、一緒に通学できるんだよ。それなら、怖くてほかの女子に目移りできないでしょ」と朋美は、また、笑う。  ボクは、苦笑いしかできなかった。 (あなたも女性には気をつけなさいよ)  あの爆発現場で母から聞いた言葉を、ボクは思い出していた。(了)
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